浅間山麓の仲間たちの集いで売り物のひとつが地元の少年少女が中心となった「浅間鬼押太鼓」だ。浅間山大噴火(1783年)での犠牲になった村人への鎮魂を込めたその響きは、かのアート・ブレーキーの叫びと囁きと毎年重なって思わず目がウルウルとなる。
 で、今年の集中的なレンズ先は、僕らの「大先達」だ。彼の手や肩から「大先達」の匂いがむんむんとたちのぼるっていた。

輪郭の飾り


 AI文明が人類を凌駕しようという「シンギュラリティの恐怖」がいま喧しく語られているときだからこそ、少年たちはバチの感触をどう繋げるか・・ ・・・三十年後が楽しみだな。

平成二十九年八月十五日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 浅間山麓の仲間であるA女史からコンサートの案内のための撮影依頼。(ちなみにこの写真はボツになった。自称と他称の闘いでもあったような。汗笑 。)
 主題は「雨の日の物語」ということで、真っ先に浮かんだのが、三十五年ほど前に撮ったワルシャワだった。

 ホテルでベットに横たわっていた午後十一時ころ、いい雨が降ってきた。石畳を打つ雨音にグッときたのだ。
  そこに流れる濃密な時代体験 ――― タクシーで十分ほどだったろうか。あたりは、しん、としていた記憶は昨日のごとくだ。

 そんな流れてA女史の動画サイトを粛々と制作していた。

平成二十九年八月十一日

輪郭の飾り

 



 毎朝、日露戦争で戦死した兵隊さんたちのお墓へ。あの司馬遼太郎だって、日露戦争は自衛の戦争だと明言している。しかし、先の大東亜の戦争は東京裁判によって「侵略戦争」と烙印を押された。その汚名は世界的に「定説」となっている。

 しかし、しかしなのである。以下の発言が、東京裁判の最高責任者だったマッカーサーの米議会証言録に残っているのをほとんんどの日本人は知らない。

 「Their purpose, therefore in going to war was karagely dictated by security.」(ニューヨーク・タイムスに全文が掲載)

 「侵略戦争」と断罪した本人が、日本は「自衛の戦争」だったと米議会(一九五一年五月)ではっきりと戦勝国の誤りを正していたのである。決定的な歴史的事実だ。
 悔しいではないか。兵隊さんたちとの会話が、いっそう饒舌になってきた。

平成二十九年七月十三日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 某飲料水メーカーのパブ撮影で、久しぶりに「マイセン&懐石」のマリアージュと相成った。

 今、思うに、洋食器(特にブランドもの)って、どうして料理を無視する器の発想なのだろうか。

平成二十九年七月九日

輪郭の飾り

 



 

 以前はグラス撮影となると、透過光ライティング設営で大変な作業だったが、現在はMac処理で、自然光で充分だ。
 一番気を遣うのは、搬入、搬出の時だけかな。ま、保険に入っているので、万が一の時は「ゴメンナサイ。」と「等価交換」と相成るわけだが、注意に注意を重ねることがギャランティとなる。

平成二十九年六月二十八日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 我が家のベランダで十回目の実をつけつつあるレモン。年二回の肥料と多めの水をやることだけが「秘訣」なのだ。下の方にも三ツブほどの実が強情を張っていた。。

 その育ちに一喜一憂する自分の思いに、不満はないな。

平成二十九年六月十六日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 気づいたら、羽田の某航空会社のカウンター。
 気づいたら、函館のオフクロの墓前。
 気づいたら、我が家の風呂に入っていた。
 気づいたら、普通で平凡で、暇っていいなぁ、と実感した。
 気づいたら、ある虚しさを背後から急襲された。

平成二十九年六月十三日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 古い、古い女友達からプレゼントされた天狗面の盃。
 丹波の女流陶工の作品だ。写真のように注ぎ手に面を向けたら、「さあ、注げっ。」という魂胆でもあるのだ。
 なんでも発注から焼成まで1年近く待ったようだが、以前書いた原稿を思い出した。

 待つといえば堀田善衛なのである。彼のエッセイで一七年かけて一台のギターをつくったスペインの職人の話があった。完成後その名工は、堀田善衛を前にこういった。
 「よう永いこと辛抱してくださった。」
 なるほど。

 ウム、盃だけでは、もったいない。朝ビーの脇を固めるには、素晴らしい表情ではないか。

平成二十九年六月一日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 早朝から紋、紋、紋、つまり悶々だ。
 はてさて、どうしよ。

平成二十九年五月二十日


輪郭の飾り

 


 

淺岡敬史  陶磁器

 

 ヨーロッパの陶磁器を撮影しつつ、つくづく思った。ユーロ紙幣が、味気ないのである。フラン、リラ、クローネ、マルクでいいじゃないか。紙幣を統一するなら、まず、ホテルの電源コンセントの形状を揃えて欲しいよ。汗笑)

 略奪と殺戮 ――― 欧州人は自らの歴史を直視して欲しいな。「向こう三軒両隣」の発想は、彼らには無理でしょう。
 そうそう、日本語は主語が欠落してるのが特徴だが、その意味も彼らは理解不可能だろう。
 結論を乱暴に言うなら、カミガミも八百万なのだから、ケンカのしようもないのだ。

平成二十九年五月十二日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

企画がらみの骨の絵本二冊を見ていたら、「助詞」という魔物にからまれた。GWのまっただ中に、厄介な男友達に遭遇したような気になった。

【助詞の種類】

○ 助詞には、次の4種類がある(以下、接続と働き)。

● 格助詞は、主に体言について、語(文節)と語(文節)との関係(格)をあらわす。
● 接続助詞は、主に活用のある語について、前後の文節(連文節)をつなぐ。
● 副助詞は、いろいろな語について、さまざまな意味をそえる。
● 終助詞は、主に文末について、さまざまな意味をそえる。

 

平成二十九年五月四日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

「み寺の甍 みどりに うるほひ」

今朝の五時四十分、まさにこの「み寺」で般若の滴を戴いていた。勢い余り、帰宅した直後に朝ビーに手招きされた。
聞けばこの詩は、学生時代の三好達治が、本郷から「護国寺線」という都電でお参りにきていた護国寺で謳ったとのこと。
  
「わが身の影を あゆまする 甍のうへ」


なるほどね。

日本芸文と仏蘭西の出会いであった『をみなごに花びらながれ』。
綾音氏の面目を、しずしずと聴かせていただいた。

平成二十九年四月二十五日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 ロボット工学で特化した千葉工大の七五周年記念の図版作成に参画し、そのおこぼれが、濃厚古酒だった。
 「ロックでどうぞ。」と理事長。
 えっ、ワインに氷ですか、と誰もが思うだろうな。もちろん「生」で戴いたが、ポルトワインそのものだった。いわゆる甘口なのである。ポルト取材の時、その醸造法に腰が抜けたのを昨日のように覚えている。な、なんど醸造樽に陽がガンガン当たっているのだ。これで甘みを与えていると云うのだ。妙に納得したな。
 で、千葉工大がメテオプロジェクトを記念してエチケを制作したのが、ロック・オン・ワインだったのだ。

平成二十九年四月二二日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 百歳で逝ったお袋とお花見。といっても我が家の借景なんだけど
 それにしても米軍が600発のトマホークを準備完了しているらしい。(一昨日のシリアは59発。)カウントダウンが始まっているのだろうか。

 となれば、数発くらいは飛んでくる可能性大だろうな。
 十数年前だったろうか。我が家の頭上を灰色の飛翔体が飛んでいく夢を見たな。

平成二十九年四月九日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 知人が六義園の「しだれ桜」と比べて、「しょぼい」と嘯いた護国寺の桜。知人の貧しさを実感した昨夜の呑み会でした。

 護国寺に在るから、「しょぼい」が「貴い」になることを知らない、というより興味がないのでしょうな。あるいは僕の関心ごとを無視したのか。

 ちなみに、今朝の花見は、昨夜の余り物のアサリの煮物でした。

平成二十九年四月五日


輪郭の飾り

 


アッキー

 いつもの笑みを頂戴した。アッキーネタで満ちる国会だが、平和ボケの象徴のようなやりとりに、なかばウンザリだ。

 人を疑うことを知らないアッキーだが、直感力を鍛えていただいきものだ。「陛下ご来校。」と平気でウソつく人種であることを見抜いていただきたかった。

 瑞穂の国の面目 ――― 原発一直線の流れに異を唱える姿勢は徹底して欲しいな。

平成二十九年三月二十五日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 墓友Sさんの素敵な足下。なんと見上げれば花をどんどん落としているのは、色鮮やかなボタンインコ(異種墓友の指摘でワカケホンセイインコが正確でした。)数匹だった。都会には野生化したインコがたくさん生息していると聞いていたが、間近で群れていたのをはじめて見た。


輪郭の飾り

淺岡敬史

淺岡敬史

 午前六時十五分、うん、よく撮れたな。
 十五年ほど前かな、我が家でブルーボタンインコを飼っており、卵を産んだがどちらかがまもなく死去。その一週間後に鳥籠掃除の時にどっかいっちゃった。こいつも、その類いだろうか。

平成二十九年三月二十日


輪郭の飾り

 



 某専売公社(?)のパブ取材での撮影。
 なるほど「主役を喰う役者 N0 1」とは、よくぞ云ったな。両肩からムンムン立ちのぼる自尊に、ある謙虚な生き様を感じた。

平成二十九年三月四日


輪郭の飾り

淺岡敬史

 現国会で荒れるアッキー・バッシングの中で、ビーグル犬をモデルにしたワンを撮った。バッシングといっても、なに、土佐犬の尻(アッキー)に、スピッツが噛みつくようなものだね。

輪郭の飾り

淺岡敬史

 後輩のカメラマンがある相談で来た。
 聞けば吹けば飛ぶような内容だったが、返答にあたって難儀したのも事実。話題を避けようともくろみ、朝酌呑りつつ朝粥を出した。
 クチナシ果実色が不自然で、ちょっと不気味なたくあんだったが、美味かったな。

平成二十九年三月三日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 N学芸員さまのご縁で、骨の標本撮影の好機を得た。レンズ越しの標本たちは、一見寡黙を装っているが、じつに饒舌であった。

 で、古い女友達に標本のすべてを見せたら「百体あまりの彼らに会議があったら興味がある。」と。
 で、で、で、その会議で辿り着いたのが、映画「十二人の怒れる男 」と「「12人の優しい日本人」だった。N学芸員さまとの契機に、新たな悦びを戴いたな。

平成二十九年二月二十八日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 百歳で逝った「お袋と早朝ビーだよ。」と妹にメールしたら、「朝からビールなの。」と侮蔑に近い語調で返信。
 で、慌てて彼女が60年近くつづいた朝メシ、クロック・マダム風トーストとコーヒーと相成った。

平成二十九年二月二十四日


輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 今朝のごはんは、どうみても昨夜の食べ残しらしい。汗笑)
 でも、とっておきのオリーブオイルを数滴垂らしたら、大化けしましたな。得も知れぬ豊穣を感じた朝メシだった。

平成二十九年二月十九日


輪郭の飾り

 



 O女子大博物館に眠っていた古い写真帳。日本女子の全体と細部がどの写真にも見事に写し出されていた。いわゆるおかっぱヘアがカッコいいな。わかめちゃん、ちびまる子ちゃんもアール・デコ様式なのかなぁ。

平成二十九年二月七日


輪郭の飾り

 



 敢えて薄氷を踏む「戯れ」は、いかがだろうか。
 思えば小学生のころ、あの土方歳三の「憤死現場」から近い五稜郭の堀が冬場はスケートリンクであった。当然氷が薄いところもある。堀の水深は2メートル以上はあったろう。(お花見のころは、溺死体もたまには上がったな。)
 そのリンクの加減を「戯れ」感覚で遊んだのが懐かしい。

 で、昨日は鎖樋の雨受けに張った薄氷と遊んだ。桂昌院さまにお届けしたい午前六時のワンショットだ。

輪郭の飾り


 で、で、で、その五稜郭の冬のお堀です。この写真は函館市観光課から借用しました。(函館野外劇の招致大使の任を預かっているコネで無断借用を我が「薄氷人生」に免じてお許しいただきたい。汗笑)

平成二十九年一月二十九日


輪郭の飾り

 

 


淺岡敬史

 まだ 陰に「お隠れになる」ボクの企画本。装丁も出来上がっている。ただフィギュリンの数が圧倒的に少ない事情がお隠れの原因でもあるのだ。

輪郭の飾り

 



淺岡敬史

 最近、某コレクター氏との知遇を得、撮影の機会が増えそうだ。チェコのフィギュリンが中心である。ロケット窯、ホルニー・スラフコフ窯など取材したことがあるが、東京での撮影が楽しみだ。

平成二十九年一月二十六日


輪郭の飾り

 


 我が家の梅盆。桜と違って図々しいまでの生命力は、扱いやすい「調度」かも知れない。とりあえず、視覚的効果には満足、満足だ。

輪郭の飾り

淺岡敬史

 でも目ん玉をマクロに切り替えると、この獰猛さが怖い。植物は動物と違って自ら動くことが出来ないから怖いのだよ。

そう、その怖さは、形而上学の命題でもあるのだよ、と40年前にある先輩に教わった。

平成二十九年一月一六日

 

輪郭の飾り

 


淺岡敬史

 某誌の原稿書きで、HDにある古い資料を検索。ワープロ時代(書院)のデータをMac用に変換していたので、デジタル書類はこんな時に威力を発揮するな。
 葉巻がテーマだったので、ボルネオの少数民族(ルスン族)の自家製葉巻を選んだのだ。愛煙家同士には言葉は必要なかった。僕の100円ライター2コと形が歪んだ葉巻3本が物々交換と相成った。

 トゥリマ カセ(ありがとう)の商取引だった。

平成二十九年一月八日

 

輪郭の飾り

 


淺岡敬史

淺岡敬史

 昨年の大晦日に寺友のSさん自作の「虚空蔵菩薩」を戴いた。速攻で撮った午前六時十五分。うん、よく撮れたな。
 で、今朝の朝陽でも、さっそく撮った。「虚空蔵菩薩」は僕(寅年)の守護佛でもあるし、しっかり護っていただこうかな。

平成二十九年一月元旦

 

輪郭の飾り

 


FBアカウントを削除しました。(平成二十八年七月)

スマホ非対応ですが、下記から写真のみ(平成二十四年十月から平成二十八年七月)閲覧できます。

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 FBアカウントを削除して二ヶ月。FB上で意気投合し取材させて戴いた方や、僕の講演会に地方から来ていただいた方もあった。FBは世間を広める効果は抜群だが、ちと違和感を覚えたのも事実だ。何故だろう……。

輪郭の飾り

 



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