まだほろ酔いだったがニース空港でレンタカーを調達し、海岸線をモナコ方向に走った。この道はリヴィエラのコルニッシュ(崖道)とよばれ、数おおくの名画に登場したところ。
もう秋が近くなのに観光客で賑わうニースのプロムナード・デ・ザングレを右手に、さらに海岸線を走った。ニースの旧港のあたりから町のなかへくねくねと少し入るが、あわてることはない。どんな小さな道でも道標はあり、目的方向つまりモナコの文字さえ見失わなければ迷うことはない。
たとえ迷ったとしてもよいではないか。その迷い、惑いも旅の土産にするくらいのふてぶてしさが個人旅行の第一条件なのだから。車の運転に関してはコラム欄でしっかり紹介しよう。
途中、少し寄り道をした。ヴィルフランシュ・シュル・メールという美しい港町だ。パッケージのツアーではほとんどが通りすぎてしまうが、僕は物語りが始まりそうな予感がしたら、かならず立ち寄る町。
「ヴィルフランシェを眺めると/わたしの青春がよみがえる」と謳ったジャン・コクトーは三六歳のとき、この港町のウエルカムホテルで戯曲『オルフェの遺言』を書き、阿片 に耽溺していた彼は部屋の鏡に向かって自画 像の連作『鳥刺しジャンの神秘』を描いた。
さらにコクトーは「ヒトデのように名もない ものになってほしい」と一九五七年、海辺の 一七世紀のエール礼拝堂の装飾の一新に没頭。ひんやりとした礼拝堂には、キリストの一 二弟子のひとりで元漁師であったサン・ピエ ールがコクトーらしい筆致で描かれ、燭台な どもコクトーの作品で装飾されていた。
魚師たちの守護聖人であったサン・ピエール、そして漁師たちに捧げられたコクトーの礼拝 堂を思うとき、自然と目にはいってくるのが 海辺にずらりと並んだはシーフード・レスト ラン。海辺で地中海の魚介類をたらふく食べ たい、そう思うのは僕だけではあるまいが、まだチェックインもすませておらずエズ村へ向かった‥‥‥
コートダジュールには、「鷲の巣村」と呼 ばれる山頂に家々が密集している村が五〇ほ どある。これらの村は一四世紀に作られた城 壁に囲まれており、サラセン人の襲来に備え ての町造りであったという。
地中海が紺碧から深い藍色の変わる午後九 時ころ、岩山のいただきに忽然とエズの城塞 がイルミナーションに浮かび上がった。村は 石畳みの迷路のようになっており、車はホテ ルの前までは行けない。
車が入れる城門のと ころにホテルと直結した電話があるので、こ こでギャルソンを呼ぶ。 案内された僕らの部屋は地中海に面した一二号室。断崖に突きでたバルコンへつづくドアを開けると、ふかい闇の地中海は沈黙を守っていた。遠くにはコクトーも遊んだサン・ジャン・キャップ・フェラの明かりがチラチラと見える。
グラスとボトルを持って闇に浮かぶプールサイドに出た。夜風が気持ちよい。ふと見上げるとと太い梁をあしらったレストランが見える。もう食事も終わりごろなのだろう、白服の給仕たちがカフェをサービス。一六年来シェフとして活躍するエリー・マゾ氏もますます健在と聞く。
今晩のお薦めは鳩のシュプレームか赤魚の赤ワイン風味だろうか。それとも僕が好きなスズキの網焼きだろうか。みな満腹だろうが、僕らはシャンパンとフルーツのみで十分すぎる夕食を終えた。
今宵はとびきり極上を夢を見るのだ。
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