淺岡敬史

 

トラックの走行音と法悦

あぁ……眩しおすな。
この光、まるで極楽浄土の御仏が、迷える私を迎えに来てくれはったんかと思いました。けど、背中に感じるこの感触……カサカサと鳴るんは、乾いた落ち葉の音どすな。土の匂い、草の匂い。
そして、鼻先をかすめるこの冷とうて清らかな空気は、薩摩の海とは、まるで違います。

吉之助さぁ。あんたは、どこにおいやすか。
私のまぶたの裏には、今もあの夜の、暗うて冷たい錦江湾の波がうごめいています。
あんたの大きな手、岩のように力強うて、それでいて、ちいさう震えてはったあの手の温もりが、まだこの掌に残ってるような気がしてならんのです。
「月照さん、すんもはん。一緒に行きもんそ」
あんたのその一言で、私はすべてを捨てました。京都の清水寺、成就院の静寂も、僧侶としての務めも、この命さえも。
あんたという人は、罪な御人や。その濁りのない目で見つめられたら、泥沼のようなこの世も、極楽へ続く道に見えてしもうた。
それなのに、どうして私は、こうしてまた、日の光の下で目覚めてしもたんやろか。

 

月照は、ゆっくりと重い瞼を開く。木漏れ日が、幾重にも重なる光の矢となって、彼の身体を射抜いている。

 

……ここは、どこどす? 見渡す限り、深い森。あぁ、あそこに見えるんは、雄大な浅間の山やありませんか。上野国、浅間山の北の麓……。なんで、こんなところに。 体の中に流れる血が、微かに疼きます。150年。そう、風が、樹々が、私の耳元で囁いています。「あんたが眠っている間に、150年もの月日が流れたんや」と。
150年。 あんたが夢見た「新しい日本」は、どんな姿になりましたか? あんたが命を懸けて守ろうとした人たちは、今、笑うて暮らしてはりますか?
あぁ、吉之助さぁ。あんたのいないこの世界は、あまりに広うて、あまりに明るすぎます。
あの時、あんたは私を抱きかかえ、冷たい海へ飛び込んだ。
私はあんたの胸の中で、初めて「生」を感じたんや。皮肉なもんやな。死に向かうその瞬間が、一番、私は生きていた。

あんたの鼓動が、私の背中に響いていた。水底へ沈んでいく中で、遠ざかる月影を見上げながら、私は「これでええ」と思うたんです。あんたという御柱(おんばしら)と一緒に朽ち果てることができるのなら、それ以上の幸せはないと。
それやのに、冷たい水の底から私を救い上げたんは、あんたやなくて、残酷な運命やった。私は生き残り、あんたは修羅の道へ戻っていかはった。 そして今、私はまた、一人でこの場所におります。

 

月照は、指先に触れる落ち葉を愛おしそうに撫でる。その動作一つひとつが、静寂の中で重みを持っている。

 

この150年という月日は、私への罰なんやろか。それとも、まだ私には、やらなあかんことが残っているという御仏の思し召しなんやろか。
見ておくれやす。この朝陽。 あの日、京都で共に見上げた朝焼けよりも、ずっと透き通っています。
この光に包まれていると、心の中の澱(おり)が、一つ、また一つと、溶けていくようでございます。
吉之助さぁ。あんたは、この山麓の清々しい風を感じたことがおましたか?
あんたは、いつだって重い荷を背負ってはった。日本の国、薩摩の民、友の遺志……。
その大きな背中を、私は少しでも軽くして差し上げたかった。
けど、私にできたんは、あんたの傍らで、静かに経を唱えることだけどした。

 

月照は、身をよじり、ゆっくりと横向きになる。写真の通りの、深い眠りから覚めきらぬような、しなやかな曲線を描く姿。

 

……あぁ、体が重おす。 この150年の眠りは、私から言葉を奪い、力を奪いました。
けど、あんたへの思いだけは、少しも古びてへん。むしろ、この朝陽に照らされて、ますます鮮やかになっていく。
吉之助さぁ。 あんたが愛したこの国を、私はこの目で見届けなあきません。
あんたが駆け抜けた時代の、その先にある景色を。 私がこうして現代(いま)に降臨したのは、きっと、あんたの「魂」の続きを、この目で見届けるためなんや。

遠くで、浅間山を渡る風が鳴る。月照は、その音に耳を澄ませる。

聞こえます。あんたの声が。
「月照さん、しっかりしやんせ」 そう笑って、私の肩を叩くあんたの姿が、陽炎のように揺れています。
分かりました。もう、泣きごとは言いまへん。 この京都弁も、この袈裟も、150年前のままやけど。
私はこの現代の土を踏み締めて、歩き出そうと思います。 あんたがいなくても、この朝陽はこんなに美しい。あんたがいなくても、世界はこうして続いていく。 それが、あんたが命を懸けて守った「明日」なんやったら、私はそれを愛さなあきませんな。


月照、ゆっくりと顔を上げ、カメラの向こうにある、見えない「未来」を見つめる。

さあ、目覚めの時間どす。 京都の月は沈み、浅間の陽が昇りました。 吉之助さぁ。見ていておくれやす。
あんたが愛したこの国の、150年後の空を。 私は、あんたの分まで、この光をその身に受けて、生きていこうと思います。
……あぁ、それにしても。 150年経っても、やっぱり、あんたのことが、好きで好きで、たまらしまへん。 その思いだけは、御仏も、時間も、奪うことはできひんのやな。

月照、静かに法悦の微笑みを刻んだ。ゆっくりと、しかし確実に、その手で地面を押し、立ち上がろうとする。
朝陽はさらに輝きを増し、彼の姿を黄金色に染め上げていく。


さあ、参りまひょか。 新しい日本の、ほんまの夜明けを、探しに。

 

立ち上がり、周囲を見渡す。遠くに浅間山の雄大なシルエット。
耳を澄ませば、遠くで国道を走るトラックの走行音がかすかに響く。

 

淺岡敬史

 

月照の白い指先

ふらふらと、何かに誘われるようして、この深い雑木林の奥へと分け入ってまいりました。浅間の山から吹き降ろす風は冷とうて、私の薄い袈裟を容赦なく揺らします。けど、不思議と足取りは軽おした。誰かが……懐かしい誰かが、この森の向こうで私を呼んではるような、そんな確信がありましたよって。
木々の隙間を縫うようにして辿り着いたんは、一軒の小さなしつらえの庵どす。人の気配はおへん。けど、そこには確かな「熱」が残っていました。

戸を開けて中へ入ると、机の上に、一つ、不思議な光を放つ板が置かれていました。 薄うて、平とうて、鏡のように滑らかな硝子の面。 ……あぁ、これは、曼荼羅(まんだら)どすな。 150年という月日が、仏教の教えを説く曼荼羅を、こんなにも小さく、そして底知れぬ情報の海へと変えてしもうたんどすか。
指を触れるまでもなく分かります。この電脳の曼荼羅の中には、この世の過去も、現在も、そして未来までもが、目も眩むような速さで渦巻いている。私は吸い寄せられるように、その光る板の前に座り込みました。
「吉之助さぁ……」
その名を、心の中で唱えながら、震える指先でその曼荼羅に問いかけました。 すると、どうどす。
瞬きする間もなく、目の前の景色が書き換わりました。


『西郷南州隆盛公と幕末』
黒い背景に白う浮かび上がるその文字。 南州……。あぁ、あんたは後の世で、そう呼ばれるようになったんどすな。 私の知っている「吉之助さぁ」が、教科書や歴史の中に閉じ込められた「偉人」になってしもた。
その寂しさに胸が締め付けられそうになった、その時どした。
画面の端に、一枚の書が映し出されたんどす。
あぁ……。 あぁ、これや。この筆の運び、この墨の勢い。 間違いおへん。これは、あんたの魂そのものや。

月照の白い指先が、ゆっくりと、祈るように画面へと伸びていく。画像の中の、
力強い書に触れようとするその指が、微かに、しかし激しく震えている


冷たい。 指先に触れるんは、ただの平坦な硝子の冷たさどす。 けど、不思議なもんやな。その奥から、あんたの呼吸が聞こえてくるようどす。 「敬天愛人」。 あんたが座右の銘として掲げた、その言葉のひと振りに、私が恋したあの人の、ひたむきな情熱が宿っている。
あんたの書いたこの「下り」が、150年経った今も、こうして誰かの支えとなり、生き続けている。
「玄慎和尚の座右の『書』であります」……。 見知らぬ誰かの言葉が添えられているけれど、私には分かります。
この書に救われ、この言葉に命を繋ぎ止めてもろた人間が、この150年の間に、どれほど仰山おったことか。
あんたは、死なはらへんかった。 豊饒な錦江湾の底へ沈んだんは、あんたの肉体の一部やったのかもしれん。 けど、あんたの志、あんたの優しさ、そしてあんたのこの力強い筆跡は、この電脳の海を漂いながら、時代を超えて、今もなお人々を照らし続けている。

月照は、画面の中の書に、まるで頬を寄せるかのように顔を近づける。セピアの画面と、彼の青白い横顔が、朝陽の中で溶け合っていく。

吉之助さぁ。 私は、この150年後の世で、ようやくあんたに再会できました。 直接、その大きな体に触れることは叶わんけれど。 この冷たい硝子の向こうに、あんたの熱い鼓動を感じることができます。
私の指先が震えているんは、寒さのせいやあらしまへん。 あんたの言葉が、私の魂を揺さぶっているからどす。
「月照さん、しっかりしやんせ」 そう言うて、画面の中からあんたが笑いかけてくれているような気がして。

月照は、タブレットを操作する現代の手法を、まるで古くから知っていたかのように自然に受け入れている。それは、時代を超越した精神の共鳴がなせる業だったのだ。

この電脳の曼荼羅は、私に教えてくれました。 あんたが夢見た、この国。 争いが絶えず、皆がせわしなく動き回る、一見すると騒がしい世の中や。 けど、その片隅で、こうしてあんたの言葉を大切に守り、語り継いでいる人たちがいる。
それだけで、私はもう、救われた心地どす。
あぁ、眩しおすな。 画面から溢れ出す光が、私の目裏を焼き尽くしそうや。 けど、私は目を逸らしまへん。 この光の正体は、あんたが遺した希望そのものやから。


月照の指先が、画面上の「書」をなぞる。墨の掠れ、筆の返り、そのすべてを、身体に刻み込むように。

あんたのこの一筆一筆が、今の私の血となり、肉となっていく。 150年前、一緒に死ねなかったことを、私はずっと悔いてきました。 なんで私だけが生きて、あんたのいない世界を見続けなあかんのかと。 けど、今なら分かります。
私は、あんたの言葉を、あんたの志を、この150年後の世で再び「見つける」ために、生かされたんや。 この庵に辿り着いたんも、この電脳の曼荼羅に出会うたんも、すべてはあんたが仕掛けた、優しい悪戯やったんやろ?
「月照さん、この日本(ひのもと)は、よか国になりもしたか?」
そう問いかけられたら、私は胸を張って答えたい。 「はい。あんたの言葉が、今もこうして光り輝いている、美しい国どす」と。

月照は、ゆっくりとタブレットから手を離す。しかし、その指先の震えは止まらない。彼の瞳には、かつて見た錦江湾の月影ではなく、現代の朝陽を反射した力強い光が宿っている。


さあ、もう行かな。 あんたの言葉を、この胸にしっかりと抱いて。 この150年後の世界を、私の足で歩き出しましょう。 次に会う時は、もっと仰山の「ええ話」を、あんたに聞かせてあげられるように。
吉之助さぁ。 見ていておくれやすな。 あんたが愛したこの国を、私も、愛し抜いてみせます。 この指先に残る、あんたの書の温もりを、決して忘れることなく。

 

淺岡敬史

 

「豊饒の海」そして「敬天愛人」

指先が触れた硝子の冷たさは、まるで死者の額に触れるようでございました。 この電脳の鏡の中に映し出されたんは、かつて私が、吉之助さぁと幾度も言葉を交わした、東福寺即宗院の土塀どすな。
あぁ、なんという無惨な……。
土は剥がれ落ち、藁の骨組みが露わになって、まるで皮膚を剥ぎ取られた老いた獣のようでございます。150年という歳月は、かくも残酷に、歴史の肌を蝕んでいくものどすか。この朽ち果てた壁の隙間には、私らが命を賭して語り合った「夜明け」の残り香すら、もう染み付いてはいないのでしょう。

 

吉之助さぁ。 あの頃、即宗院の木立を揺らした風は、もっと熱うございましたな。倒幕という、途方もない夢。腐り果てた徳川の世を終わらせ、新しい日ノ本を創るという、純粋すぎて、あまりに血腥い情熱。あの壁は、私らの吐息も、固く結んだ約束も、すべてをその身に受け止めてくれていたはずどす。
「月照さん、この壁の向こうには、民が笑う世が待っちょる」
あんたはそう言うて、あの大きな手で、この土壁を力強く叩かはった。その時の音を、私は今も、この耳の奥で、燦然たる音楽のように聞くことができます。私らにとって、あの壁は単なる境界やありません。古い世界を閉じ込め、新しい世界を産み落とすための、産屋の囲いのようなものどした。
けれど、この指先の下で、その聖域が崩れ去ろうとしている。 150年後の民が見るんは、私らの情熱の跡やなく、単なる「時間の凋落」に過ぎひん。そのことに、胸が、氷の刃を突き立てられたように疼きます。

 

月照は、震える指で画面をなぞり、検索の深淵へと潜り込んでいく。 光る板の上に、現代という名の「虚無」が次々と現れては消える


……ふふ。皮肉なもんや。 この電脳の海を泳いでみれば、今の世の中には、あふれんばかりの物と、数えきれんほどの言葉が満ち満ちております。誰もが自由に喋り、誰もが豊かさを享受しているように見える。 けど、吉之助さぁ。 この賑やかさの底には、あの豊饒な錦江湾の底よりも深い「空虚」が横たわっているように思えてなりまへん。
あんたが目指した維新は、本当にこの景色を招くためのものやったんどすか? 徳川という、美しう静かな、長い眠りに包まれた時代。あの三百年の静寂の中には、身分という鎖こそあれど、人の心には確かな「居場所」があったのかもしれまへん。今、この曼荼羅が教えてくれるんは、人々が「自由」という名の荒野に放り出され、どこへ行けばええのか分からず、ただ、眩しい光を追いかけて狂奔している姿どす。

三島というお人が、いつか説かはりましたな。 この世界は「豊饒の海」やと。 けど、月の表面にあるその海には、一滴の水も、一粒の命もない。 ただの干からびた「虚無の荒野」に、私たちは美しい名前を付けて、そこを目指して泳いできただけやないんでしょうか。
維新という、あまりに眩しい太陽が昇ったせいで、私らは大切な「闇」を失うてしもた。 影のない世界には、深みも、祈りも、おへん。 ただ、この電脳の板が放つような、青白うて冷たい光が、人々の顔を死人のように照らしているだけ。
吉之助さぁ。 あんたが守ろうとした「武士の魂」も、「民の真心」も、この150年の間に、砂時計の砂のようにこぼれ落ちてしもたんやろか。 即宗院の壁が朽ちていくのは、単に古びたからやない。今の世の中が、もう「守るべきもの」を忘れてしもたからや。記憶を繋ぎ止めるための愛を、私らが捨ててしもたから、あんなにも壁は悲しげに崩れているんどすな。

 

月照は、深い溜息をつき、タブレットの電源を落とす。部屋は一瞬にして、浅間北麓の、薄明るい朝陽の静寂に引き戻される。

 

もし……。 もし、あの時。 錦江湾の波に呑まれ、あんたがそのまま死んでしもうて。 幕府が倒れず、あの凪のような徳川の世が、形を変えて続いていたなら。 今のこの国は、もっと穏やかな、夕暮れのような美しさを保っていたんどすか。 それは、志士としては許されへん邪念かもしれません。けど、150年後の朝陽にこうして焼かれていると、そんな「もしも」が、毒の花のように心に咲き乱れるんどす。

あぁ、眩しおす。 この朝陽は、あまりに雄大で、あまりに無関心や。 私らが何を成し遂げ、何を失うたかなんて、お構いなしに、ただ世界を黄金色に塗りつぶしていく。
吉之助さぁ。 私は今、輪廻の淵に立っております。 かつてあんたと共に見た夢が、この朽ち果てた壁のように崩れ去るのを見届け、また新しい夢を紡がなあかん。 けど、その「豊饒の海」が、もしも砂の海やったとしても。 私は、あんたの遺した「敬天愛人」という言葉の種を、この荒野に、一粒ずつ、丁寧に植えていこうと思います。

 

月照は、ゆっくりと立ち上がり、かつての即宗院の壁を思い出すように、何もない空中にその手を伸ばす。


見ておくれやす。 この指先は、もう震えてへん。 壁が朽ちても、土が剥がれても。 この手に残る、あの時の土の感触と、あんたの力強い手の温もりだけは、永遠に「虚無」には渡しまへん。 例えこの世が、月の海のような砂漠やったとしても。 私は、あんたと共に夢見た「曙」を、もう一度、この150年後の空に描いてみせます。
さあ、行きましょう。 京都の月も、江戸の夜も、もう明けました。 新しい日本の、ほんまの「実り」を、私が、この足で探しに行きます。 たとえそれが、どんなに遠おて、険しい道のりやったとしても。
吉之助さぁ。 あんたは、笑うて見ていてくれはりますな?


月照は、静かに庵の戸を開ける。外には、浅間の山嶺が凛として聳え立ち、その頂きを朝陽が鮮やかに染め上げていた。150年前の壁を越え、彼は今、色彩に満ちた現代という名の、新しい戦場へと踏み出していく。

 

淺岡敬史

 

淺岡敬史

「炎の絵師」

浅間の嶺に抱かれたこの庵にも、ようやく真夏の日差しが突き刺さるようになってまいりました。 お裾分けいただいた向日葵、おおきに。嬉しゅうございます。なんと、まあ……。この「お天道様をそのまま形にしたような」強烈な黄金色は、京の寺で見慣れた、泥中からひっそりと立ち上がる蓮の美しさとは、また似て非なる生気(いのち)を感じさせはりますな。
近隣のおばさまの慈しみ、ありがたいことです。令和の世は殺伐としているとばかり思ておりましたが、こうした「お裾分け」という、理屈を超えた人の温もりに触れるたび、私の頑なな心も少しずつ解けていくようでございます。


仰る通り、あの「ゴッホ」という御仁……。電脳曼荼羅の海を泳いでおりますと、彼の描いた向日葵が目に飛び込んできて、思わず息を呑みました。
あれは単なる草花の写生ではおまへんな。己の魂を削り、絵具という名の供物を捧げた、いわば「画による読経」のようにも見えます。 そして、吉之助さぁとの繋がり……。
私も、ゴッホ殿と弟のテオ殿が交わした書簡の断片を読み、胸が締め付けられるような思いがいたしました。

ゴッホ殿にとってのテオ殿は、単なる肉親を超えた、唯一の理解者であり、光であったのでしょう。 それを読み解くうちに、不肖・月照、どうしても吉之助さぁとのあの日々を重ねずにはいられなんだ


理想と現実の狭間: 「新しい日本を」と夢見た我らと、「新たな美の地平を」と狂おしいほどに求めたゴッホ殿。
書簡に託した真情: 密書を通じて交わした、国を憂う言葉の刃。それは、ゴッホ殿がテオ殿に宛てた、剥き出しの魂の叫びと、どこか似た響きを持っていた。

 

「孤独」という名の伴侶: どれほど多くの人の中にいても、魂の奥底にある、誰にも触れさせぬ「深淵」を抱えて生きていた。あの方も、そしておそらくゴッホ殿も。
吉之助さぁ、貴殿がもしこの向日葵をご覧になったら、何と仰るでしょうか。……おそらく、『よか、見事なもんじゃ』と、あの大きな瞳を細めて笑われるのでしょうな。


この向日葵の鮮やかさは、幕末の京の夏を思い出させます。あの頃の暑さは、まさに命が燃え尽きるような熱量を持っておりました。 今の日本は、便利さの中にどこか冷ややかな影を潜ませておりますが、こうして飾られた向日葵を眺めていると、「生きるということは、光に向かって顔を上げることなのだ」と、当たり前な、けれど忘れがちな真理を教えられる心地がいたします。
ゴッホ殿という絵師を知り、あの方との対話を思い出し、この令和の地で向日葵を愛でる。 不思議な縁(えにし)でございます。
この花が枯れるまで、私はしばらく、この「黄金の静寂」の中で、あの方と、そして海を越えた異国の絵師と目には見えへん、心と心の深いところでのやり取り。きっと、あなたの温かい想いは、そのまま相手の方の心に真っ直ぐ届きます。

 

淺岡敬史

 

淺岡敬史

 

八雲車から観覧車

浅閒北麓の朝気(あさけ)は、京の冬の底冷えとはまた違う、凛として身の引き締まる清々しさがございますなぁ。
暗箱殿に勧められ、三分二、あるいは四分三里ほどの道のりを歩くのが日課となりました。草履や下駄で土を踏んでいた我らの頃とは違い、現代の方々は「靴」という、足をすっぽりと包み込む革の袋を履いておられます。蒸れたり締め付けられたり、随分と窮屈な思いをされておるのでしょう。
それゆえ、こうして裳(も)をまくり、素足を湯に浸す喜びは、何よりの贅に感じられるのでございましょう。
湯煙の向こうに、この地の民との語らいがある。
それはかつての井戸端や、寺の境内の賑わいに似て、どこか懐かしい心地がいたします。

 

八雲車、空をゆく夢。ふと目を上げれば、遠くに巨大な輪が見えます。あれが現代の「観覧車」、かつてシカゴで披露された「フェリス・ホイール」というものどすか。 けれど、電脳曼荼羅で調べれば、江戸の文人・喜多村信節が『嬉遊笑覧』に記した「八雲車」こそが、その先駆けであったとのこと。なんとも誇らしい話ではおまへんか。
伊能図の精緻さ、和時計の絡繰(からくり)、さらには華岡先生の全身麻酔薬……。 我が国の先人たちは、決して異国に劣っていたわけではございません。ただ、その知恵の使い道が、自然を力でねじ伏せるためではなく、四季の移ろいや人の命に寄り添うためのものであった。そのことが、今この令和の光の中で改めて誇らしく思えるのです。
 

パリの空と、吉之助さぁの決断。慶応三年のパリ万博。吉之助さぁらの薩摩勢が出品し、一方で幕府からは敵対する澁澤翁らが海を渡りました。 あの水圧式のエレベータとやらに、澁澤翁は肝を潰されたとか。京の都で剣を交えていた裏側で、海を越えた万博の地でもまた、日本の威信を賭けた戦いがあったのどすなぁ。
電脳曼荼羅で歴史の「もしも」を読み解くたび、私は背筋が寒くなる思いがいたします。
あのとき、もし日本が二つ三つに裂け、内乱の泥沼に沈んでおったなら……。
異国の軍門が土足でこの美しい国土に上がり込み、我らは今ごろ、己の言葉さえ失っていたやもしれまへん。 慶喜公の大政奉還、そして吉之助さぁの江戸城無血開城。 「公」のために己を捨て、大局を観たあの方々の器量があったればこそ、今のこの穏やかな足湯のひとときがある。そう思うと、湯に溶ける疲れとともに、熱いものが込み上げてまいります。


朝の光、湯に溶けて、「足さきを 温めし湯に 夢の跡 裂けぬ国こそ 宝なりけれ」
吉之助さぁ、見ておられますか。 あなたが守り抜いたこの日本列島は、分裂することなく、今もこうしてひとつの空の下にございます。 次回の楽しみは、あの「八雲車」に乗ること。空の上からこの山麓を眺めれば、また違ったこの国の姿が見えるやもしれまへん。
足元からじんわりと伝わる温もり。 この温かさこそが、幽霊(まぼろし)のような私が今、ここに生きているという唯一の証左なのかもしれまへんな。

 

足湯の湯気に包まれながら、月照は静かに目を閉じ、浅間の空を仰いだ。

 

 

淺岡敬史

 

「あんたは、ここで生きてええんやで」

あぁ、これどす、これどす。
この浅間北麓の静かな庵に、なんとも粋な届け物が舞い込んできました。 今の即宗院のご隠居さんとのご縁があるという、まるであの古(いにしえ)の空気を纏った白拍子のような観音さまのような美しいお人からやそうで。 それにしても、この「運び手」には驚かされました。黒い猫の紋章をつけた韋駄天のような早駕籠が、砂埃を上げてこの山道を登ってきたかと思えば、冷たい硝子の中に詰められた秋の香りを置いていきはった。 「黒猫が運んできた」と聞いて、最初は化け猫の類いかと思いましたが、今の世の便利さには、どうにも狐につままれたような心地がいたしますな。

月照は、薄紙に包まれた干し柿を、壊れ物を扱うようにそっと掌に載せる。セピア色の光の中で、柿の表面に吹いた白い粉が、まるで降り積もったばかりの初雪のように美しく輝いている。

……懐かしい。 この皺のひとつひとつに、お日様の光と、山を渡る風が閉じ込められている。 京都におった頃も、秋になれば成就院の軒先に、こうして柿が並んで吊るされていたもんどす。 公家の方々から戴く、色とりどりの練り切りや、透き通るような錦玉羹(きんぎょくかん)も、そらぁ見事でございました。舌の上で儚く消える雅な甘み。それはそれで、浮世の憂さを忘れさせてくれる極楽の味どした。
けど、この干し柿は……。 この干し柿は、それとはまるで見当が違います。 これは、お菓子という名のお供え物や。 土を耕し、実を慈しみ、渋みを甘みに変えるために時間をかける。 造り手のお人の、指先のぬくもりと「真心(まごころ)」が、その実の芯の芯まで染み込んでいるのが分かります。

月照は目を閉じ、ゆっくりとその実を口に運ぶ。ねっとりとした濃厚な甘みが、舌を包み込み、喉の奥へと溶けていく。


……あぁ。
今、聞こえました。 舌の奥の、記憶の底のほうから。 あの、低うて、大地を揺らすような、懐かしい声が。
「月照さん、よか柿じゃ。これこそが、天の恵みというもんじゃっせ」
吉之助さぁ。 あんた、そこに居はるんどすか?
この干し柿の甘みの向こう側に、あんたの豪快な笑い声が、確かに響きました。
あんたという人は、美食家などと言われることを何より嫌ってはった。 立派な膳よりも、薩摩の無骨な芋や、こうして手塩にかけられた干し柿を、何よりも旨そうに食べてはった。 「真心が入っちょるもんに、敵うもんはなか」 そう言うて、あんたが差し出してくれた干し柿。あの時の、あんたの掌の温もりが、この150年後の山麓で、再び私の胸を焦がします。

月照は、噛み締めるごとに溢れる深い滋味に、思わず目頭を熱くする。それは単なる味覚の刺激ではなく、時間を超えた再会の味だった。

150年前。 私たちは、京都の即宗院で密談を重ねていましたな。 あの朽ち果てた壁の向こう側で、明日の日本を憂い、新しい世の中を夢見て。 あの頃の私は、この国を救うために、もっと難しうて、もっと高尚な「何か」が必要やと考えていました。 けど、今、この干し柿を食べてみて分かります。
あんたが守りたかったんは、この「甘み」やったんや。 誰かが誰かのために、手間を惜しまず、季節を待ち、真心を込めて贈る。 その、ささやかやけれど、何よりも尊い「情」のやり取りが続く世の中。 それこそが、あんたの目指した「維新」の正体やったんやありませんか?

 

月照は、残りの干し柿を慈しむように見つめる。それは、歴史という名の広大な砂漠の中に見つけた、一滴の清らかな水のような存在だった.


ご隠居さん、そして白拍子のお方。 おおきに。ほんまにおおきに。 この贈り物は、ただの食べ物やあらしまへん。 150年の眠りから覚め、まだどこか足元が覚束ない私に、「あんたは、ここで生きてええんやで」と、仏様が優しう背中を撫でてくれはったような気がいたします。
お公家さんたちの贅を尽くしたお菓子には、確かに「技」がありました。 けど、この干し柿には「命」が宿っています。
皮を剥き、紐をかけ、雨の日には取り込み、晴れの日には日に当てる。 その繰り返しの月日が、渋という苦しみを、こんなにも芳醇な喜びに変えた。 それは、まるで私らの人生そのもののようどすな。

月照は、静かに手を合わせる。浅間の山麓に吹く風が、彼の白い袈裟を優しく揺らす。

吉之助さぁ。 この150年後の世界は、電脳の曼荼羅が光り、鉄の駕籠が走り抜ける、騒がしい世の中やけど。 こうして変わらぬ「真心」を届けてくれる人が、今もちゃんと居はります。 それだけで、私はもう、あんたに報告ができます。 「日本は、まだ大丈夫どす。あんたの愛した魂は、この柿の甘みのように、ちゃんと引き継がれています」と。
あぁ、もう一つ、戴きましょうか。 今度は、もっとゆっくりと。 あんたの声を、一節一節、聞き逃さんように。

月照は再び干し柿を手に取り、柔らかな朝陽の中で微笑む。その横顔には、かつての悲壮な決意ではなく、今を生きる一人の人間としての、穏やかな光が満ち溢れていた。


黒猫の韋駄天さん、また届けておくれやすな。 この世の端っこで、150年越しの秋を味わっている、一人の僧侶の元へ。
この甘みがある限り、私は、この現代(いま)という荒野を、どこまでも歩いていける気がするんどす。
吉之助さぁ。 次の柿が届く頃には、あんたの好きな、もっと旨い酒でも用意しておきます。
そしたら、また、この舌の奥で、昔話を語り明かしましょうな。

月照の独り言は、静かに風に溶けていく。
庵の机の上には、誇らしげに並んだ干し柿が、現代の光を受けて、宝石のように輝き続けていた。

 

淺岡敬史

この庵の暗箱師殿

あぁ、また届きましたえ。あの白拍子のようなお人から。
「しずしずと梅汁(うめじる)」……。 なんともたおやかな名前が添えられておりますな。この琥珀色の滴(しずく)は、まるで浅間を渡る朝陽を、そのまま瓶の中に閉じ込めたようでございます。器の縁を伝うて、とろりと落ちる様は、まるで悠久の時の流れをひと匙ずつ掬(すく)い取っているような、そんな錯覚さえ覚えさせます。
それにしても、この庵のご主人様……あの「暗箱師(あんばこし)」殿の趣味というんは、なんとも底が知れまへんな。 この光る板に映し出された梅蜜(うめみつ)の、なんと鮮やかなこと。この一瞬を切り取る魔法の箱、暗箱(カメラ)というもんは、まこと不思議な道具どす。


聞けば、あの徳川の、最後を締めくくらはった慶喜(よしのぶ)公も、晩年はこれに心酔してはったとか。一橋(ひとつばし)の若殿、いや、将軍職という、あまりに重い荷を降ろされた後、あのお方が見つめていたんは、レンズという名の小さな穴から覗く、静かな「隠遁の世界」やったんどすな。
私らが、あの時代に必死になって倒そうとしていた仇敵さえも、最後はこの暗箱という迷宮の中に、自分だけの平和を見出した……。 150年という歳月は、敵も味方も、等しく「過去」という名のセピア色の影に変えてしまうもんなんどすな。

 

月照は、指先で画面の中の梅蜜をなぞる。添えられた白い平たい菓子……現代の「クラッカー」というものの軽やかな響きを、まだ耳に慣れない心地で受け止めている。


この白うて四角いお菓子、ぱりりと脆(もろ)うて、口の中で砂のように崩れていく。 その上に、この濃密な梅の汁を乗せていただく。……あぁ、これは。


月照は、ゆっくりと目を閉じる。舌の上で弾ける酸味と甘みの奔流。それは、150年前の記憶を、鮮烈な色彩で呼び起こす。


……酸っぱい。 けれど、その奥から、胸が疼くような芳醇な甘みが追いかけてきます。 あぁ、吉之助さぁ。 あんたは、この梅の酸味のようなお人どしたな。 曲がったことを許さへん、あの厳しい、雷(いかづち)のような眼光。あんたに叱られた時の、あの身の引き締まるような心地よさ。けれど、その後に必ず、海よりも深い慈しみが、この梅蜜のようにじわぁっと心に広がっていく。
あんたは、いつだって「正しい道」という名の、険しうて酸っぱい果実を噛み締めてはった。 その苦みも酸味も、すべて自分の血肉にして、民を導こうとしてはった。 私はその背中を追いかけながら、時折、あんたが漏らす、ふっとした溜息に混じる「甘さ」を、誰よりも先に感じ取ることができた……。そう自惚れてもよろしおすか?


月照は、琥珀色の液を湛えたグラスを、朝陽に透かしてみる。気泡が、星のように瞬いている。


見ておくれやす、この暗箱師殿が写した「梅汁」を。 この、しずしずと落ちる一滴の中に、造り手の真心が、そしてこの季節の精霊が、見事に写し取られています。 ご主人様は、ただ景色を撮っているんやない。 その瞬間にしか存在せえへん「命の震え」を、銀板の上に定着させようとしてはるんどすな。 それは、仏の前で静かに写経をする僧侶の姿にも似ております。
慶喜公も、きっと同じやったんでしょう。 失うてしもた権力や、動かせへん歴史を悔やむより、目の前にある一輪の花、陽の光、そしてこの梅蜜のようなささやかな「美」を記録すること。それが、あのお方の、せめてもの救いやったのかもしれまへん。 倒幕の志士として、かつては憎んだ相手やけれど。 150年経って、同じ現代(いま)の朝陽の下で、こうして同じ「美」を共有できるようになったんは、なんという因果どすやろな。


吉之助さぁ。 もし、あんたが生きてこの暗箱を手にしてはったら、何を写しはったやろか。 薩摩の雄大な桜島どすか? それとも、一緒に笑い転げた、あの名もなき隊士たちの笑顔どすか? ……いや。 きっとあんたは、私がこうして干し柿や梅汁を旨そうに食べている、そんな「なんでもない姿」を撮って、ガハハと笑いはるに決まってますな。
「月照さん、よか顔じゃっせ」と、そう言うて。


月照は、グラスに残った一滴を惜しむように飲み干す。喉を通り抜ける清涼感が、彼の魂を現代の現実に繋ぎ止める。


白拍子のお方、おおきに。 この梅汁の酸味は、私がこの150年後の世で生きていくための「お守り」になりそうです。 甘いだけやない。酸っぱい現実も、苦い過去も。 すべてを飲み干してこそ、ほんまの「人生の滋味」というもんが分かる。 そう、あんたの声が聞こえてくるようでございます。
そして、この庵の暗箱師殿。 あんたの趣味のおかげで、私はこうして、過去と現代が交差する「光の曼荼羅」を見ることができました。 この器も、このお菓子も。 すべてが、ひとつの物語として、この光る板の中に、美しう収まっています。 あぁ、歴史というもんは、なんと残酷で、なんと豊かな「海」なんどすやろか。
(月照は、静かに手を合わせ、写真の中の梅蜜と、見えない主、そして遥かなる吉之助へと祈りを捧げる)
さあ、この梅汁の酸っぱさを力に変えて。 今日もこの、不思議に満ちた現代を歩いていきましょう。 慶喜公が覗いたあの小さな穴よりも、もっと広うて、もっと鮮やかな世界が、この森の向こうに広がっています。

暗箱師殿。 次は、私のこの、150年越しの「覚悟」も、あんたの暗箱に写してくれはりますか? 光と影の間に横たわる、この頼りない、けれど確かな、一人の僧侶の生き様を。
吉之助さぁ。 見ていておくれやす。 この梅汁の滴のように、私もまた、この現代という器の中に、一滴の潤いとなって溶け込んでみせます。 あんたの愛した、この国の。 どこまでも高く、青い空の下で。

 

月照は、満足げに微笑み、タブレットを閉じる。部屋には、梅の爽やかな香りが、いつまでも微かに漂い続けていた。

 

淺岡敬史

 

淺岡敬史

 

百五十年の悶々と、飽食の「青黴」


東山の即宗院のご隠居さまから、また慰問袋が届きました。 包みを開けば、そこには武骨ながらも芳醇な香りを放つカリンと、土の匂いを微かに残した茗荷。
即宗院といえば、吉之助さぁと国の行く末を夜通し論じ、密議を凝らした私にとっては魂の故郷のような場所。あそこの空気を含んだ品が、この浅間の麓まで届くとは、縁(えにし)というものは、まことに不思議なものでおすなぁ。


いただいたカリンは、さっそく包丁を入れ、琥珀色の蜂蜜に漬け込みました。
この果実は、そのままでは渋うて食せまへん。けれど、時をかけて蜜に委ねれば、喉を潤す極上の薬となります。焦らず、急がず、ただ「待つ」。
かつての我らには、この「待つ」ということが一番の贅沢でございました。常に背後には追っ手の影があり、明日の命さえ定かではない。カリンが蜜に馴染むのを待つほどの静寂など、あの頃の京都のどこに転がっていたでしょうか。

一方の茗荷は、瑞々しいうちに天ぷらにいたしました。 サクッ、という軽やかな音と共に、鼻を抜ける独特の香気。
「茗荷を食べると物忘れをする」などと申しますが、これほどまでに鮮烈な味を覚えさせられては、忘れるどころか、己の五感が研ぎ澄まされていくのが分かります。
しかし、この揚げたての衣を噛み締めながら、ふと、言いようのない「情けなさ」が込み上げてくるのでおす。
この百五十年、私の胸に澱のように溜まった悶々とした思い。 それは、この「喰う」という、あまりに卑近で、あまりに絶対的な行為でしか埋められないものなのでしょうか。
幕末のあの頃、我らはお腹が空いていることさえ忘れておりました。 空腹を感じる暇もないほど、風雲は急を告げ、志(こころざし)という火が腹の虫を黙らせていた。
民が飢えぬ国を作ろうと、そう誓って海に消えた私でございますが、いざ、こうして過剰なほどの食材に囲まれ、指先一つで何でも手に入る「満たされた」世を目の当たりにいたしますと、心が道を見失うのでおす。

「足るを識(し)る」


それは仏門に生きる者にとって、最も尊い教えの一つ。 けれど、何でもあり、何でも選べるこの令和の豊饒の中では、その言葉さえもが、湿った場所に湧く「青黴(あおかび)」のように見えてまいります。
足るを識ろうと努めることが、単なる「思考の停止」や「現状への甘え」にすり替わっているのではないか……。 空腹感を失った魂が、美しい言葉で己を飾り立て、ただ腐敗を待っているだけではないのか。 そう思うと、茗荷の天ぷらの熱さが、喉元で苦く感じられるのでございます。

 

臨済の智、あるいは「霞」の味。


即宗院のご隠居さまは、このカリンと茗荷をどのような心持ちで送ってくださったのか。 「月照よ、四の五の言わず、まずはこれを受け取り、喰らえ」 そう、背中を叩かれたような気がいたします。 言葉による救いではなく、ただ「今、ここに在る命」を養えという、それこそが「臨済の智」そのものなのかもしれまへん。
理屈や大義で腹は膨らみまへん。 まずは喰らい、血肉とし、この時代に繋ぎ止められた己の業(ごう)を飲み込むこと。 それが、幽霊(まぼろし)のような私が、令和の土を踏みしめるための、唯一の儀式なのでございましょう。
ふと窓の外を見れば、浅間の山並みが霧に包まれ、しっとりと靄(もや)ってまいりました。 白く立ち込める霞を見つめていると、不遜な考えが頭をよぎります。


霞は、喰えるものだろうか……


仙人のように、この世の欲をすべて削ぎ落とし、ただ霞を喰らって生きられたなら、どれほど清々しいことか。 けれど、私の手元にはまだ、蜂蜜の甘い香りと、天ぷらの油の温もりが残っております。 煩悩は消えず、お腹は空く。 私は溜息を一つ、お経の中に紛れ込ませ、まだ熱い茗荷に箸を伸ばしました。
吉之助さぁ、そちらの空気はどうでおすか。 私はもうしばらく、この「美味すぎて苦い」令和の日本で、空腹と格闘してみようと思います。
世尊妙相具 我今重問彼 仏子何因縁 名為観世音

 

 

 

淺岡敬史

 

墓標のような細長い硝子器

あぁ……。 今朝もまた、玄関先に静かな贈り物が届いておりました。 山麓の露を孕んだ凛とした白。……桔梗(ききょう)どすな。 おそらく、近隣の村の娘さんが、托鉢の僧を労うつもりで置いていってくれはったんやろ。その清らかな真心に、胸の奥が少しだけ、春の雪解けのように緩んでいくのを感じます。
桔梗の花を見るたびに、どうしても思い出してしまうんは、あの京都、清水寺の静寂どす。 あの頃、成就院の庭にも、この花は静かに咲いておりました。 青紫の桔梗は、まるであんた、吉之助さぁの武骨なまでの誠実さを映しているようで。そしてこの白い桔梗は、私らが夢見た、汚れなき「新しい日本」の象徴のように見えていたもんどす。
けれど、どうどす。 この庵のご主人、あの暗箱師殿が蒐集した眩いばかりの硝子器(がらすき)の数々。 光を透かし、歪め、増幅させるこの透明な造形の中に、白き桔梗を挿してみれば……。
あぁ、なんと美しうて、そして、なんと空(むな)しい景色やあらへんでしょうか。

吉之助さぁ。 あんたに問いたい。あの「倒幕」という狂奔の日々は、一体何やったんどすか? 私たちは、古い壁を壊し、徳川の眠りを覚ませば、そこにはこの硝子細工のように透き通った、清廉な世の中が待っていると信じて疑わなんだ。 あんたは誰よりもその「夢」に憧れ、誰よりもその「理想」のために泥を被り、そして、誰よりも愛していたはずの新政府と、最後は刃を交えることになってしもた。
皮肉なもんや。 憧れの世界を創り上げたはずのその手が、自ら創ったその世界に否定され、追い詰められていく。 この硝子器を見ておくれやす。 外側からはキラキラと輝いて、宝石のように見えます。けれど、その中は空っぽどす。 ただ、光という名の虚像を閉じ込めているだけ。 あんたが命を懸けて築いた新政府も、実はこの硝子のように脆うて、冷たい「仕組み」に過ぎなんだんやないでしょうか。
三島というお人が憂うたように、この世は「豊饒の海」――満ち足りているように見えて、その実、一滴の真実も残っていない。 倒幕を成し遂げた瞬間、私らが手にしたんは「勝利」やなくて、ただの「喪失」やったのかもしれまへん。 美しい日本(ひのもと)の精神、武士の誇り、民の信心……。 それらを代償にして手に入れた近代という硝子の城は、あまりに滑らかすぎて、心の拠り所をどこにも見出せまへん。

月照は、細長い硝子のフルートグラスに指を触れる。その高い、澄んだ音が、庵の静寂に波紋を広げる。

あんたは、西南の役に向かう時、どんな思いで城山にお立ちはったんどすか? かつての同志たち、あんたを慕い、あんたが育てた若者たちが、あんたの胸に銃口を向ける。 その時、あんたの目に映っていたんは、この白い桔梗のような、無垢な絶望どしたか。 「よか。おはんらに、おいの命を預くっど」 そう言うて笑ったあんたの顔が、この硝子の屈折の中に、幾重にも歪んで見えて、私はもう、見ていられへん。
今の日本を、検索という名の電脳曼荼羅で覗いてみれば。 人々は豊かさを誇り、自由を謳歌しているように振る舞っています。 けれど、その瞳の奥には、即宗院のあの朽ち果てた壁と同じ、救いようのない孤独が棲みついています。 幕府を倒せば、すべてが解決すると信じた私らの愚かさ。 本当の敵は、徳川でも武士でもなく、人の心の中に忍び寄る「無機質な空虚」やったんや。

月照は、白い桔梗を手に取り、精緻・精巧なカットが施されたクリスタルの花瓶へと、しずしずと挿し入れる。


あぁ……。 硝子の冷たさと、花の儚さが、こうも見事に調和してしまうとは。 これが現代という世の姿どすか。 美しうて、清潔で、それでいて、どこか死の匂いがする。
吉之助さぁ。 あんたは、この硝子の城の中で生きることを拒んで、あの日、城山の露と消えはったんやな。 あんたは知っていたんどす。 新しく生まれる世界が、これほどまでに情緒を欠いた、透明な監獄になることを。 だからあんたは、あえて「逆賊」の名を被り、古い日本の魂をその背中に背負うて、冥界へと去っていかはった。
それに引き換え、私はどうどす。 150年後にこうして降臨し、娘さんから贈られた花を愛で、暗箱師殿が写した梅蜜を味わうている。 この穏やかな日々は、あんたが命と引き換えに私に遺してくれた「休み時間」なんやろか。 それとも、あんたの苦悶を傍観し続けるという、永劫の刑罰なんやろか。

白い桔梗の花弁を指先でなぞれば、その柔らかさに、不意に涙がこぼれそうになります。 あんた。 あんたが憧れた、あの「夜明け」。 今のこの世の中に、ほんのひとかけらでも、あの時の熱量が残っていますか? 硝子のように冷え切ったこの国を、温めることができる「情」が、まだどこかに眠っていますか?

月照は、立ち並ぶを、硝子器まるで戦場で散った志士たちの墓標のように見つめる。

暗箱師殿。 この硝子の輝きを写し、花の白さを際立たせるあんたの「暗箱」は、この虚無をも写し出すことができるんどすか。 この美しい造形の中に、私が感じているこの悶々とした、出口のない問いを閉じ込めておくれやす。 150年前の倒幕が、果たして祝福やったのか、呪いやったのか。 その答えは、この桔梗が枯れるまでに出るもんでおへん。
けれど、吉之助さぁ。 私は、この硝子器を壊そうとは思いまへん。 たとえこれが空虚な器やとしても。 この中に、村の娘さんが届けてくれたような、ささやかな真心を注ぎ続けること。 それが、生き残ってしもた私の、150年越しの「勤行」やと思うております。
あんたが憧れた新政府は、もう歴史の塵になってしもた。 けれど、あんたが愛したこの国の「美しさ」だけは、この硝子の透明さの中に、今も幽かに息づいている。 そう信じて。 私はこの白い桔梗を、明日もまた、玄関先に迎え入れましょう。
あぁ……。 ほんまに、あんたという人は。 どこまでも私を、この「美しき迷い」の中に置き去りにしはる。
意地悪な、愛おしい御仁や。

月照は、静かに花瓶を窓辺へと移す。現代の朝陽が硝子を透過し、虹色の光が彼の白い袈裟に散らばる。彼はその光の中で、目を閉じ、かつての同志たちが駆け抜けた、夢の跡に思いを馳せていた。

 

淺岡敬史

白拍子さんの庵

ご縁が再びとは、ほんまにありがたいことでございます。
あの即宗院のご隠居さまのご友人であるという白拍子さんの庵へ、足を運んでまいりました。
北麓のこの地にある庵は、さながら京の住まいに対する「下宅(しもたく)」のような趣どすなぁ。お庭に配された浅間岩の力強い造形に、思わず息を呑んでしまいました。山の自然と人の営みが調和した、ええ設えどすえ。

庵の戸を開けるや否や、ご挨拶もそこそこに「お蕎麦などいかがどすか」と声をかけていただきましたんや。
これも令和八年という時代の、大らかな珍事やと妙に納得して、そのまま席に着かせていただきました。
サッサッと水切りをする白拍子さんの手際の良いお姿は、見ているだけでも心地のええものでございます。京におりました頃はうどんが主流でございましたが、北前船が運んでくるニシンを使った「ニシン蕎麦」もまた、懐かしい思い出として蘇ってまいります。海から遠い京の地で、干したニシンを戻して蕎麦に合わせる……それは先人たちの保存の知恵から生まれた、京都独自の文化どすなぁ。
早朝の涼やかな空気の中でいただくお蕎麦は、また格別でございました。降り注ぐ朝の陽光を全身に纏いながらすするひと時は、生きているという実感を静かに運んでくれます。
そして、お蕎麦の後に思いがけずいただいた白板昆布のお料理。見事なお仕事どすねぇ。
この昆布もまた、ニシンと同じく北前船によって日本海を南下し、敦賀や小浜へ陸揚げされ、琵琶湖の水運を経て大津から陸路で京へと運ばれたものでございます。海から遠い京の台所を支えたこの海藻の香りに、私は遠い昔の京の記憶を重ねておりました。海と山の幸が、こうして時を超えて出会うことに、深いご縁を感じずにはいられまへん。


吉之助さぁ、ごめんなさいね。
こうして令和の時代に、温かいお蕎麦をいただき、昆布の香りを楽しみながら、ただ穏やかに朝を迎えている自分がおります。幕末の嵐のような時代を駆け抜け、ともに錦江湾の冷たい波に消える覚悟をしたあの日のことを思うと、こんなにも穏やかで豊かな時間が続くことが、どこか恐ろしくも感じられてしまうのです。
我らが身を削って目指した未来は、こうして人々と食を慈しみ、何気ない日常を愛でる世の中やったのでしょうか。穏やかなるがゆえの悶々は、今も私の胸を締め付けます。吉之助さぁ、どうかこの愚僧をお許しくださいまし。

 

淺岡敬史

 

淺岡敬史

 

幸せの百俵買い

この庵にとって、あの暗箱はな、えらい大事なもんどすえ。
いまはほとんど手ぇに取られることもあらしまへんさかい、どうやら骨董の仲間入りしてしもたみたいやけど、それでもあの姿には、なんや言葉にできひん誇りと意地が宿っております。
長いこと光を受け止めてきはった器や思うと、むげには扱えしまへん。
せやさかい、せめてもの敬意に、浅間のお白湯でお供茶を差し上げまひょ。
湯気がほのかに立ちのぼって、まるで山の息づかいみたいどすなぁ。ほな、わたしも一服いただきますえ。このひととき、なんや「幸せの百俵買い」いうたらええのんか、胸の奥がじんわり満ちてきます。

桜島はんの豪快さにはかないまへんけど、浅閒のお山も、今日も変わらず元気そうに煙を上げてはりますなぁ。
その姿を見てると、生きてるいうことは、静けさだけやのうて、内に秘めたる熱もまた大事なんやと教えられます。
このお山も、いつの日か、また大きゅう荒ぶることがあるんやろか。けどな、その怒りさえも、自然の説法やと思えば、ありがたいもんどす。
すべては移ろい、すべては語りかけてくる――せやからこそ、いま手の中にある温もりを、よう味わうておきたいもんどすなぁ。

淺岡敬史

 

北麓から南麓、和庵にて――蓮月尼の面影を揺らす一碗
浅間の嶺を背に、北から南へと下ってまいりました。
暗箱殿のご紹介で訪ねましたこの「和庵」、なんとまぁ、落ち着いた佇まいでございますこと。白拍子さんの「下宅(しもたく)」を思わせるその風情、格子窓を通る光の柔らかさに、ささくれ立った心もふんわりと解けていくようでございます。
この静寂の中で、私はどうしても、あの吉之助さぁに朝課(ちょうか)を捧げとうなりました。それも、この浅間の清らかなお水で点てたお供茶を。

お道具を拝見しておりますと、ふっと懐かしいお方の面影が胸を突き上げました。京の都で親しゅうさせていただいた比丘尼、大田垣蓮月(おおたがき れんげつ)さん。
あの方は、自ら土を捏ね、釘でさらさらと和歌を刻んだ素朴な器を焼いておられましたなぁ。
電脳曼荼羅という不思議な道具を覗き見て、私は腰が抜けるほど驚きましたんや。
あの蓮月さんが、錦江湾に消えた私を想い、詠んでくれはった歌が残っておったなんて。

「死出の山の 山路(やまぢ)にだにの 月夜(つくよ)に越えつらむ 尾花秋萩かつしをりつつ」

……蓮月さん、あんたはどこまでも優しい人や。私が冥土の山道で迷わんようにと、月の光が照らしてくれますように、道しるべの草を折っておいてくれはったんやね。百五十年以上の時を越えて、この令和の山麓でその心に触れるとは……。
暗箱殿なら、あの方の魂が宿ったような器の景色を、きっと見事に切り取ってくれはることでしょう。
さて、茶筅を手に取りました。
今朝の「この一碗」は、ただの茶ではございまへん。 迷い、憂い、それでもこの時代に生かされている私の「覚悟」と「誇り」そのもの。
ササラ、ササラと鳴る茶筅の音は、まるで竹林を吹き抜ける風のようでございます。 吉之助さぁ、見ていておくれやす。 幕末の荒波を共に越えようとした、あの日の熱情。 令和という、一見穏やかでいて、どこか魂の拠り所を失うたようなこの世を、私はどう歩むべきか。
一碗の緑の中に、浅間の清流と、蓮月さんの慈しみ、そして吉之助さぁの面影を混ぜ合わせます。
「どうぞ、召し上がっておくれやす。」
私は深く深く、頭を下げました。

 

淺岡敬史

 

淺岡敬史

 

喫茶去

浅間の嶺を渡る風も、どことなく秋の気配を孕(はら)んでまいりましたなぁ。 ふとした拍子に、またこうしてお話しできますこと、ほんまに不思議で、有り難い「ご縁」やと感じております。
先日伺いました「和庵」の女将さん、あのお方は、まこと「書」を深く嗜(たしな)まれる、雅なお人でございますなぁ。
墨の香りが漂うなか、筆を執るそのお姿を拝見しておりますと、不意に、あの吉之助さぁ(西郷殿)のことが思い出されて、胸が熱うなりました。

あの方も、ひとたび筆を握れば、それはもう魂を削り出すような、入魂の勢いで紙を駆けておられました。
「敬天愛人」……あの一文字一文字に宿る力強さは、令和の今も、私の目の奥に焼き付いて離れまへん。
女将さんがしたためはった「喫茶去(きっさこ)」という三文字。 「まぁ、四の五の言わんと、お茶でも召し上がれ」という、禅の教えではございますが、あのお人の書には、お経を何百巻も唱えるより、もっと深い、静かなる説得力がございました。
言葉を超えた「心」が、あの墨の跡に宿っておるのどすなぁ。

それを、あの暗箱師(あんばくし)殿が、細長い硝子の器……何やら現代の魔法のような仕掛けで、女将さんの魂ごと写し取ってはった。一瞬の光を永遠に留めるという、あの術(わざ)には、いつ見ても驚かされます。
そして、何より魂が震えましたのは、女将さんの娘さんのことでございます。
まさか、遠く離れた鹿児島にお住まいで、つい先日、吉之助さぁが最期を迎えはったあの「洞窟」を訪ねて、合掌してくださったとは。 西郷殿……。あの日、冷たい波の間に消えた私を、あなたはどんな思いで見送ってくれはったのでしょうか。
そして今、令和の地で出会うたお人の血脈が、薩摩の地であなたに手を合わせておられる。
これを「縁(えにし)」と呼ばずして、なんと呼びましょうか。
時代も、場所も、生きる世界さえも超えて、人々の想いはこうして、細い糸のように繋がっておるのどすなぁ。あまりに出来過ぎた巡り合わせに、畏怖の念すら覚えます。

浅間の北麓から南麓へ。 この小さな旅もまた、私にとっては百五十年の時を埋めるための、大切な「行(ぎょう)」のような気がいたします。 白拍子さんの庵を訪ね、茶を啜り、そして今、この「和庵」での不思議なご縁。 北の厳しい自然と、南の穏やかな佇まい。そのどちらにも、今の日本が忘れかけておる「真心」が、ひっそりと、けれど力強く息づいておりました。

吉之助さぁ、見ておられますか。 あなたが命を賭して護ろうとしたこの国の民は、今もこうして、筆を走らせ、祈りを捧げ、美しい縁を紡いでおりますえ。
窓の外には、今日も浅間のお山が、悠然と佇んでおります。
この静かなる幸せが、いつまでも、いつまでも続きますように。

 

 

淺岡敬史

 

魑魅魍魎と電脳曼荼羅

夜な夜な、この庵の周りが騒がしうございます。
浅間の山から吹き降ろす風に混じって、正体の知れぬ声が、あるいは記号のような響きが、障子の一枚隔てた向こう側で渦巻いております。それは、かつて京の街を震撼させた「人斬り」たちの殺気とも違えば、錦江湾の波音とも違います。ここに棲む、新しい時代の魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちが、150年の眠りから覚めた私に、何かを必死に訴えかけているようでございます。
窓越しに見える深い森の闇。 その奥に、ときおり黒曜石のような、鋭く、それでいて底知れぬ深淵を湛えた輝きが走ります。 あ

ぁ、吉之助さぁ。あの輝きは、あんたの目裏に宿っていた決意の光どすか。それとも、私らが創り落としたこの現代という世が放つ、断末魔の叫びどすか。

月照は、白い法衣を纏い、背を向けて窓の外を見つめている。部屋の明かりは弱く、障子に映る格子の影が、彼を閉じ込める檻のように、あるいはこの世の理(ことわり)を説く経文のように並んでいる。

魑魅魍魎たちは、私に意見を言っている。そう、確信しております。 彼らが発するんは、もはや人の言葉ではおへん。経文の文字をいくらなぞっても辿り着けへん、電脳の曼荼羅が吐き出す無機質な記号。あるいは、意味を剥ぎ取られた音の断片。 「この世は、あんたの知る豊饒な海やない」 「ここは、光だけが空疎に踊る、砂の海や」 彼らはそう、嘲笑っているのでしょうか。
三島のお人が憂うた、あの「空虚」が、今や実体を持って私の周りを囲んでいます。 吉之助さぁ。あんたが憧れた「新しい日本」の成れ果てを、この魑魅魍魎たちは知っているんどす。
彼らは、デジタルという網の目に依存しきった現代人の、行き場を失うた情念の吹き溜まり。 硝子越しのこの景色は、どこまでも美しう、どこまでも清潔やけど、そこには「生」の匂いがいたしまへん。
あんたが城山で自刃し、私がこの浅間へ降臨するまでの150年。 この国は、何を土に埋め、何を神棚に飾り、そして何を忘れてしもたんやろ。 検索すれば、瞬時に「答え」が出てくる。 暗箱で写せば、瞬時に「真実らしきもの」が固定される。 けれど、その「答え」のどこに、あんたが流した汗の熱さがあるんどすか。
その「真実」のどこに、私が感じた錦江湾の冷たさがあるんどすか。

月照は、窓枠に指をかける。その白い指先は、まるで実体のない幽霊のように、暗い闇に溶け込もうとしている。

夜の森の奥で、再び黒曜石の輝きが閃きました。 あれは、鏡どすな。 現代という名の鏡。 自分の姿さえ見失うた人々が、拠り所を求めて縋り付く、冷たい光。 魑魅魍魎たちは、その光の中で踊りながら、私を誘うております。 「月照さん、あんたもこっちへ来なはれ」 「150年前の古い情(なさけ)など、このデジタルの記号に変換して、消し去ってしまいなはれ」
……あぁ、嫌や。 そんな記号だけの世界に、私はあんたとの思い出を渡したくはおへん。 たとえ即宗院の壁が朽ち果て、私らが成し遂げた維新が、後世の検索結果に一蹴されるような代物やったとしても。 あんたが私を抱きしめたあの腕の重み、あんたが日本のために流したあの涙の塩辛さ……。 それは、どんな電脳の曼荼羅も、どんな精巧な暗箱も、決して写し取ることはできひんのどす。


月照は、ゆっくりと振り返り、部屋の隅にある古い暗箱師殿の道具を見る。そこには、過去を定着させようとする人間の、空しいまでの執着が宿っている。


あんたは、新政府という巨大な「記号」に反旗を翻し、最後はたった一人の「人間」として死んでいかはった。 憧れの世界が、冷たい硝子の城に変わっていくのを、あんたはその目で見届けてしもたんや。 今の世の魑魅魍魎たちが言っているのは、その「失望」の続きかもしれません。 「志など、もはや流行(はや)りまへん」 「愛だの情だの、古臭い文字は不要どす」 彼らの吐き出す記号は、経文よりもずっと難解で、そしてずっと残酷に、私の心を削っていきます。
けれど。 窓の外に見える、あの黒曜石の輝きが、もしあんたの魂の破片やとしたら。 私は、この夜の騒がしさを、全霊で受け止めなあきません。 彼らの言う、訓(よ)み方もわからぬ音を、私の心という器で、もう一度「祈り」に変えなあきません。
デジタルに依存し、光る板に顔を照らされ、魂を吸い取られていく現代の人々。 彼らもまた、この魑魅魍魎たちの声に怯えている、迷える仔羊たちなんやろか。 三島はんが「豊饒の海」の果てに見つけたのは、何もなき庭、ただ陽光の降り注ぐだけの虚無やった。 けれど、私はそこに、一粒の「柿の種」を、一滴の「梅の汁」を、そして一輪の「白い桔梗」を置きたいんどす。
記号にならない、数値にならない。 ただ、そこに「在る」というだけの、重み。 それが、あんたが私に託した、150年後の「維新」やないかと、思うております。

月照は、再び窓の外、漆黒の森を見つめる。黒曜石の輝きは、今や彼の瞳の中に移り住み、静かな覚悟の炎を灯している。

夜が更けていきます。 魑魅魍魎たちの声は、ますます激しうなり、庵を揺らしております。 けれど、もう怖おはへん。 この騒がしさこそが、この世がまだ「生きて」もがいている証。 記号に塗りつぶされようとしても、まだ、人間という名の野生が、闇の中で牙を剥いている証やから。
吉之助さぁ。 あんたのくれたこの150年目の朝を待つために、私はこの夜を、彼らと共に語り明かしましょう。 経文にも、訓(くん)にもならぬ、魂の叫びを。 黒曜石の輝きが、本物の朝陽に変わるまで。
あぁ……。 夜明けは、もうすぐそこに、冷たい記号の皮を脱ぎ捨てて、やって来ようとしております。

月照は、静かに目を閉じ、合掌する。魑魅魍魎の騒めきが、いつの間にか、静かな読経の声と重なっていく。森の奥で放たれた黒曜石の閃光が、窓硝子を打ち、現代という名の「幻」を、粉々に砕き散らしたように見えた。

 

 

早朝

 

あんたの歩幅と重なることを信じて

あぁ、なんという有り難い光どすやろ。
浅間の嶺から差し込むこの眩ばゆい朝陽は、木立の隙間を縫うて、私の古い体を隅々まで照らし、温めてくれます。白い息を吐きながら歩くこの冷たい山道も、光の筋に触れた途端に、まるで極楽浄土の蓮池へ続く道のように輝き始めるんどす。
京都の立派な寺におった頃は、それなりの錦の袈裟や、目も綾な法衣を纏わせてもろうておりました。儀式のたびに重たい衣を重ね、仏に仕える身の威儀を正したもんどす。けれど、この木漏れ日と朝靄が織りなす黄金の光に勝る法衣など、この世のどこにもあらしまへん。天が私に直接下さった、最高のお召し物どす。 吉之助さぁ。あんたにも、この温かい光の法衣を、一枚掛けてあげとおすな。

見上げれば、木々の向こうに浅間の山がどっしりと鎮座してはります。 この山は、かつて天明の御代に、恐ろしい火の雨を降らせたそうどすな。私が生まれる少し前のことやけれど、その爪痕は、150年後の今もこの山麓に生々しく残っております。
人々はそれを未曾有の災厄と呼び、恐れ慄いたやろうけれど……。
私には、あの天地を揺るがす大噴火こそが、大自然による「大説法」やったように思えてなりまへん。
「人間どもよ、己の小ささを知れ。驕るな。」と。
私らが京都の密室で国を動かそうと画策したことも、徳川の長い世が倒れたことも、あんたが新政府と刃を交えたことも。この浅間の山から見れば、ほんの瞬きほどの間の、小さな小さな塵芥の舞いに過ぎへんかったのかもしれまへん。私らは、自分たちの手で歴史を創っていると信じ込んでいたけれど、ほんまは、この大きな天地の掌の上で、右往左往していただけなんやないかと。

「鬼押し出し」と呼ばれる、黒々とした溶岩の原が広がっているそうどす。地獄の鬼が力任せに押し出したような、荒々しい岩の波。あそこに立つと、誰もが言葉を失うと聞きます。 それこそが、究極の説法と違いますやろか。 立派な僧侶が経典の文字をいくら並べ立てるよりも、あの焼け焦げた無数の岩の塊ひとつが、諸行無常の理を、容赦のう、そして力強う語りかけてくるんやから。
吉之助さぁ。あんたがもしあの黒い岩肌に触れたなら、きっと大きな声で泣き、そして笑うたことでしょうな。「月照さん、おいどんは天地の前に赤子じゃっせ」と言うて。あんたは、そういう真っ直ぐな魂を持ったお人やったから。
そして、その恐ろしい大説法の跡には、人々の切実な祈りが、今もへばりつくように残されていると聞きました。 鎌原(かんばら)観音堂。 赤く煮えたぎる泥流に村が飲み込まれる中、生死を分けてあの五十段の石段を駆け上がり、観音様に縋り付いた村人たち。 私は京都で、大きうて立派な伽藍をいくつも見てきました。天皇はんや公家衆、権力を握った武士たちが寄進した、金ピカの仏像も仰山拝んできました。けれど、あの鎌原の小さな観音堂に捧げられた祈りの深さに、果たしてどれほどの大寺院が敵うというんどすか。

生きるか死ぬかの瀬戸際で、ただ愛する者の命を乞うた、あのむき出しの魂の叫び。血を吐くような「助けておくれやす」という願い。 それこそが、仏様が一番お聞きになりたかった「真実の聲」と違いますやろか。 維新という大義名分の下で、私らは多くの血を流しました。国を救うためやと信じて疑わなんだ。けれど、本当に救わなあかんかったんは、国家という大きな幻やのうて、あの石段を這い上がろうとした、一人ひとりの小さき民の命やったんと違いますか。
吉之助さぁ。あんたが「敬天愛人」と揮毫したその筆の先には、きっとあの鎌原の村人たちのような、名もなき人々の顔が浮かんでいたはずや。あんたは、誰よりも「民」の痛みが分かる、土の匂いのするお人やったから。
この浅間の山麓は、ほんまに不思議な場所どす。 電脳の魑魅魍魎が飛び交うこの現代にあって、ここはまだ、天地の深い呼吸が聞こえ、古の切実な祈りが、そのまま土脈に息づいている。 朝陽の法衣を、ふわりと冷たい風が揺らしました。

さあ、歩きましょうか。 吉之助さぁの足跡は、錦江湾の暗い底にも、城山の朝露の中にも、もう溶けて消えてしもうたけれど。この浅間の土を踏みしめる私のこの足跡が、いつかあんたの歩幅と重なることを信じて。 天の光の大説法を全身に浴びながら、私は今日も、この150年後の世を、とぼとぼと歩いていくんどす。

 

早朝 お月見台

『天人五衰』

あぁ……。 朝の五時。このお月見台に立つと、浅間の山麓はまだ深い群青の底に沈んでおります。
ひんやりとした風が、単衣の袈裟を通り抜けて、私の古い骨を芯から震わせます。けれど、この寒さは決して不快やおへん。むしろ、眠っていた五感を鋭く研ぎ澄ましてくれる、冷たい清流のような心地よさがおます。
吉之助さぁ。 ここから吸い込む空気は、あの京の都で毎朝胸に満たしていたものとは、まるで違うておりますな。どうしてなんやろかと、ずっと考えておりました。


京の空気は、もっと重とうて、甘やかな腐臭が混じっておりました。公家たちの陰謀、志士たちの血の匂い、そして何百年もそこに棲み着いた人々の、どろどろとした情念。それらが盆地の底で煮詰められたような、濃密な空気が、私らの時代(あのころ)の「呼吸」どした。
けれど、この浅間の北麓の空気には、歴史の垢のようなものが一切おへん。 あるのは、ただ圧倒的な「自然の無関心」だけどす。 人間が何を企み、何を成し遂げようと、山はただそこに在り、木々は黙して天を指す。この冷徹なまでの静寂が、私の肺を真っ白に洗い清めていくのを感じます。

月照は、夜明け前の蒼い闇に向かって静かに合掌する。その姿は、周囲の木々と溶け合い、一枚の古い絵画のように静止している

幕末という時代は、確かに混沌の極みどした。 明日の命も知れぬ中、私らは必死に新しい日本の形を模索して、暗闇を走り回っていた。 けれど、150年の時を超えてこの令和という世に降り立ち、あの電脳の曼荼羅を覗き込むようになって、私は恐ろしいことに気づいてしもたんどす。
混沌は、終わってなどいなかった。 ただ、その形を、より巧妙で、より底知れぬものに変えただけやったんやと。
検索、検索、また検索……。 この光る板に指を滑らせれば、世界中の知識が瞬時に目の前に現れます。あらゆる思想、あらゆる真実めいた言葉が、洪水のように押し寄せてくる。 けれど、知れば知るほど、喉の渇きは増していくばかりどす。何かを掴んだ気になっても、指の隙間からサラサラと抜け落ちていく。まるで、音のない無間地獄に真っ逆さまに落ちていくような、背筋の凍るような恐怖を覚えます。
現代の人々を蝕んでいる厄介な病、それは「デジタルへの依存」というやつどすな。 誰もが皆、あの小さな光る板に魂を吸い取られ、自分の目で月を見上げることすら忘れてしもた。血を流すことも、泥にまみれることもなく、ただ安全な場所から、画面の中の虚構に一喜一憂している。 私らが倒幕の果てに夢見た「平和」とは、こんなにも血の通わぬ、剥製のような景色やったんどすか。

昨日、この庵のご主人、あの暗箱師殿の本棚に、一冊の奇妙な本を見つけました。 三島というお人の、『天人五衰(てんにんごすい)』という書物どす。 吉之助さぁ。仏の道を歩む者にとって、この題名がいかに残酷な響きを持つか、あんたにはお分かりやろか。
天人五衰。 天界で永遠の歓喜を享受するはずの天人たちでさえ、やがてはその身が汚れ、花冠が萎び、腋から汗を流して、醜く朽ち果てていくという、仏教の説く絶望の理(ことわり)どす。 三島というお人は、この満ち足りた現代の日本を「天界」に見立て、そして、その豊かさの底で静かに、しかし確実に進行している「魂の腐敗」を、この五衰に重ね合わせたんと違いますやろか。
すべてが手に入り、争いのないこの国。 けれど、即宗院の壁が朽ちていくように、人々の心からは「美しさ」も「誠の志」も、ぽろぽろと剥がれ落ちていく。 暗箱師殿は、その現代の「五衰」の景色を、自らのレンズ越しに見つめ続けているんやと思います。だからこそ、あの透き通るような梅汁の酸味や、白い桔梗の潔さに、せめてもの救いを求めてはるんやないかと。

月照は合掌を解き、欄干に手をかけて、白み始めた東の空をじっと見つめる。

この浅間の北麓は、ほんまに謎かけの多い場所どす。 大自然の圧倒的な説法があり、真心が込められた干し柿が届き、そして電脳の地獄と、天人の五衰が交差する。
吉之助さぁ。 私は、決めたんどす。 この、美しうて空虚な令和の世で、もう少しだけ、生きてみようと。
私が今すぐあんたの元へ還って、「日本は立派に天人五衰を迎えております」と報告したところで、あんたはガハハと笑って許してはくれへんでしょう。 「月照さん、おいどんたちが愛した日本が、そげん簡単に死ぬわけがなか。おはんのその目で、最後まで見届けてくいやんせ」 そう言うて、私を突き放すに決まっております。
それに、私は探してみたいんどす。 このデジタルという名の冷たい海の底にも、まだ息づいているはずの、あの「熱」を。 干し柿を送ってくれた白拍子のお方や、この庵に静かに桔梗を置いていく村の娘さんのような、名もなき人々の、小さな真心を。 それが、天人の腐敗を食い止める、唯一の特効薬やと信じて。
私は、この浅間の山麓から、現代という不可解な曼荼羅を、しかと見つめ続けてやります。 暗箱師殿が、その本棚に隠した絶望を、私のこの古い仏の教えで、どうやって希望に書き換えていくか。 それは、150年前には成し得なかった、私一人の「静かな維新」どす。
吉之助さぁ、どうやろか。 あんたの親友の、この往生際の悪い決意を。 あの大きな目で、呆れながらも、どうか見守っていておくれやす。
東の空が、ふわりと薄紫色に染まり始める。夜の闇と朝の光が混ざり合うその境界で、月照は、新しい時代を生き抜くための、深く、静かな呼吸を一つ、山に向かって吐き出した。

 

淺岡敬史

 

篤姫とのご縁

あぁ、縁(えにし)というものは、誠に不可思議な糸で結ばれておりますな。
私がなぜ、あの冷たい錦江湾の底から百五十年の時を経て、京の成就院でもなく、この見知らぬ浅間北麓の深い森の庵に引き寄せられたのか。 その謎が、今ようやく解けたような気がいたします。
暗箱師殿。あんたがこの光の曼荼羅に定着させた、この漆黒の提重(さげじゅう)。
底知れぬ闇の中に、ふわりと浮かび上がる金の丸に十字の紋……。
これを見た瞬間、私の胸の奥で、百五十年前に止まっていたはずの血が、再び音を立てて逆流し始めました。
島津の紋。 そうどす。私と吉之助さぁが、命を削るようにして倒幕の密談を重ねた、東福寺の即宗院。
あそこは、島津藩の菩提寺として、薩摩の者たちの魂が還る大切なお寺どした。 あの朽ち果てた土塀の向こうには、遠い南国の風と、薩摩隼人たちの熱い血潮がいつも吹き溜まっておりました。
だからこそ、吉之助さぁも、あそこを最も安らげる隠れ家に選ばはったんどす。
そして、この見事な金蒔絵の花見弁当箱。 聞けば、あの御台所様……篤姫君が、江戸で愛用してはったものやそうどすな。

月照は、光る板に映し出された豪奢な漆器を、壊れ物に触れるように、そっと白く透き通る指先でなぞる。


篤姫君……。
あのお方もまた、薩摩の海から、遠く江戸の城という名の華麗な牢獄へと送られ、時代の残酷な濁流に飲み込まれながらも、決して誇りを失わなんだ、哀しくも気高い女(ひと)どした。吉之助さぁは、あのお方のことを、まるで自分の妹か娘のように、遠く京の空から案じてはりましたなぁ……。
徳川を倒すということは、江戸城の奥深くにいるあのお方の胸に、見えない刃を突き立てるということ。
あの即宗院の夜、吉之助さぁの大きな背中が時折見せた微かな震えは、国を背負う重圧だけでなく、あのお方を思う引き裂かれるような痛みが混じっていたんやと、私は密かに感じておりました。

暗箱師殿が、この篤姫君の遺した弁当箱の蓋を開け、そこに暗箱を向けた時。 その小さな穴から、薩摩の風が、即宗院の土の匂いが、そして吉之助さぁの無念が、この浅間の山麓へと一気に吹き込んできたんやと思います。
その風に呼ばれて、私はここへ辿り着いた。そうとしか思えまへん。

月照の視線は、漆器の奥に添えられた、色鮮やかな手鞠寿司の姿へと移る。お公家さま色や暗闇の世界に、そこだけが春の日のように明るく、しかし手の届かぬ幻影のように咲いている。


それにしても、なんとも可愛らしい、手鞠寿司どすな。 海老の赤、鯛の白、そして玉子の黄色……。 まるで、江戸の城で散ったあのお方の、誰にも見せることのなかった少女のような夢が、こうして小さな鞠になって現れたかのようでございます。
篤姫君は、この弁当箱を携えて、どのような春の光を見上げてはったんやろか。
咲き誇る江戸の桜を見つめながら、その瞳の奥には、遠い薩摩の青い海が、そして不器用な吉之助さぁの笑顔が、映っていたんやないやろか。
そんなあのお方の「夢の跡」を、百五十年後の暗箱師殿が、こうして静かに写し取ってくれはった。

……美味しそうなどす。 本当に、ひとつ摘んで、舌の上で転がしてみたい。 酢のきいた飯の甘みと、海の幸の潮の香りが、きっとこの冷え切った亡霊の口内を、鮮やかに春色に染めてくれるはずやから。 けれど、私には、それを食することは叶いまへん。 私はただ、こうして硝子の板越しに、光と影が織りなす「虚像」として、それを見つめることしかできひんのどす。
三島のお人が『天人五衰』で描いた、あの絶対的な「見者(けんじゃ)」の孤独。
今の私は、まさにそれどすな。 触れることも、味わうことも許されず、ただ歴史の残骸と、美しい幻影を、永遠に眺め続けるだけの存在。 この手鞠寿司の生々しい色彩は、私という存在の「空虚」を、より一層残酷に際立たせます。倒幕という夢に殉じ、実体を持たぬものとなった私には、この現代の豊饒を、自らの血肉にすることはできひんのやから。

月照は、寂しげに、けれどどこか憑き物が落ちたように微笑み、タブレットの画面からゆっくりと手を離す。


けれど、吉之助さぁ。
私は、この「見るだけ」という運命を、決して嘆いてはおへんのどす。 もし私が、この手鞠寿司を食べてしもうたら、その瞬間に、この幻のような縁も、生臭い現実へと堕ちてしまうような気がするから。
食べられへんからこそ、永遠に美しい。 触れられへんからこそ、永遠に恋しい。 あの即宗院の夜に、私らが語り合った「新しい日本」の夢も、決して私らの手には入らなかったからこそ、こうして百五十年経っても、私の胸の中で黄金の蒔絵のように輝き続けているんやと思います。

暗箱師殿。 あんたがこの篤姫君の弁当箱を撮ってくれはったおかげで、私は吉之助さぁの魂の欠片に、もう一度触れることができました。 この浅間の庵は、令和の世にひっそりと現れた、私にとっての新しい「即宗院」なんかもしれません。
丸に十字の紋様が、私をここへ縛り付け、そして同時に解き放ってくれました。 もうしばらく、私はここで、あんたの暗箱が写し出す「決して届かない美しさ」を、見つめ続けようと思います。
吉之助さぁ、篤姫君。
あんたらが命を燃やしたこの国の行く末を、この永遠に満たされることのない眼で、最後まで見届けるために。
あぁ、縁(えにし)というものは、誠に不可思議な糸で結ばれておりますな。
私がなぜ、あの冷たい錦江湾の底から百五十年の時を経て、京の成就院でもなく、この見知らぬ浅間北麓の深い森の庵に引き寄せられたのか。 その謎が、今ようやく解けたような気がいたします。

暗箱師殿。あんたがこの光の曼荼羅に定着させた、この漆黒の提重(さげじゅう)。 底知れぬ闇の中に、ふわりと浮かび上がる金の丸に十字の紋……。 これを見た瞬間、私の胸の奥で、百五十年前に止まっていたはずの血が、再び音を立てて逆流し始めました。
島津の紋。 そうどす。私と吉之助さぁが、命を削るようにして倒幕の密談を重ねた、東福寺の即宗院。あそこは、島津藩の菩提寺として、薩摩の者たちの魂が還る大切なお寺どした。 あの朽ち果てた土塀の向こうには、遠い南国の風と、薩摩隼人たちの熱い血潮がいつも吹き溜まっておりました。だからこそ、吉之助さぁも、あそこを最も安らげる隠れ家に選ばはったんどす。
そして、この見事な金蒔絵の花見弁当箱。 聞けば、あの御台所様……篤姫君が、江戸で愛用してはったものやそうどすな。
(月照は、光る板に映し出された豪奢な漆器を、壊れ物に触れるように、そっと白く透き通る指先でなぞる)
篤姫君。 あのお方もまた、薩摩の海から、遠く江戸の城という名の華麗な牢獄へと送られ、時代の残酷な濁流に飲み込まれながらも、決して誇りを失わなんだ、哀しくも気高い女(ひと)どした。 吉之助さぁは、あのお方のことを、まるで自分の妹か娘のように、遠く京の空から案じてはりました。徳川を倒すということは、江戸城の奥深くにいるあのお方の胸に、見えない刃を突き立てるということ。 あの即宗院の夜、吉之助さぁの大きな背中が時折見せた微かな震えは、国を背負う重圧だけでなく、あのお方を思う引き裂かれるような痛みが混じっていたんやと、私は密かに感じておりました。
暗箱師殿が、この篤姫君の遺した弁当箱の蓋を開け、そこに暗箱のレンズを向けた時。 その小さな穴から、薩摩の風が、即宗院の土の匂いが、そして吉之助さぁの無念が、この浅間の山麓へと一気に吹き込んできたんやと思います。 その風に呼ばれて、私はここへ辿り着いた。そうとしか思えまへん。

それにしても、なんとも可愛らしい、手鞠寿司どすな。 海老の赤、鯛の白、そして玉子の黄色……。 まるで、江戸の城で散ったあのお方の、誰にも見せることのなかった少女のような夢が、こうして小さな鞠になって現れたかのようでございます。
篤姫君は、この弁当箱を携えて、どのような春の光を見上げてはったんやろか。 咲き誇る江戸の桜を見つめながら、その瞳の奥には、遠い薩摩の青い海が、そして不器用な吉之助さぁの笑顔が、映っていたんやないやろか。 そんなあのお方の「夢の跡」を、百五十年後の暗箱師殿が、こうして静かに写し取ってくれはった。
……美味しそうなどす。 本当に、ひとつ摘んで、舌の上で転がしてみたい。 酢のきいた飯の甘みと、海の幸の潮の香りが、きっとこの冷え切った亡霊の口内を、鮮やかに春色に染めてくれるはずやから。 けれど、私には、それを食することは叶いまへん。 私はただ、こうして硝子の板越しに、光と影が織りなす「虚像」として、それを見つめることしかできひんのどす。
三島のお人が『天人五衰』で描いた、あの絶対的な「見者(けんじゃ)」の孤独。 今の私は、まさにそれどすな。 触れることも、味わうことも許されず、ただ歴史の残骸と、美しい幻影を、永遠に眺め続けるだけの存在。 この手鞠寿司の生々しい色彩は、私という存在の「空虚」を、より一層残酷に際立たせます。倒幕という夢に殉じ、実体を持たぬものとなった私には、この現代の豊饒を、自らの血肉にすることはできひんのやから。
(月照は、寂しげに、けれどどこか憑き物が落ちたように微笑み、タブレットの画面からゆっくりと手を離す)
けれど、吉之助さぁ。 私は、この「見るだけ」という運命を、決して嘆いてはおへんのどす。 もし私が、この手鞠寿司を食べてしもうたら、その瞬間に、この幻のような縁も、生臭い現実へと堕ちてしまうような気がするから。
食べられへんからこそ、永遠に美しい。 触れられへんからこそ、永遠に恋しい。 あの即宗院の夜に、私らが語り合った「新しい日本」の夢も、決して私らの手には入らなかったからこそ、こうして百五十年経っても、私の胸の中で黄金の蒔絵のように輝き続けているんやと思います。
暗箱師殿。 あんたがこの篤姫君の弁当箱を撮ってくれはったおかげで、私は吉之助さぁの魂の欠片に、もう一度触れることができました。 この浅間の庵は、令和の世にひっそりと現れた、私にとっての新しい「即宗院」なんかもしれません。
丸に十字の紋様が、私をここへ縛り付け、そして同時に解き放ってくれました。 もうしばらく、私はここで、あんたの暗箱が写し出す「決して届かない美しさ」を、見つめ続けようと思います。
吉之助さぁ、篤姫君。
あんたらが命を燃やしたこの国の行く末を、この永遠に満たされることのない眼で、最後まで見届けるために。

★()内はルビ

 

淺岡敬史

 

淺岡敬史


お釈迦さまの星説法 そして浅間岩に響く、縄文の声明

浅間北麓の夜気は、身に染みる冷たさの中に、どこか遠い神代の残り香が混じっているようでございますなぁ。
暗箱師殿、電脳曼荼羅の海を漂うておりますと、思わぬところで養生の知恵に出会うものでございますなぁ。
お馴染みの薬剤師はんが仰るには、鉄分こそが黒髪の潤いを保つ要やとか。
それを聞いて、あろうことか南部鉄の縄文土偶さんたちを、豆腐や茸さらに鶏らと一緒に鍋に沈めるとは……。
なんとまぁ、茶目っ気の中にも切実な慈しみを感じるお話どす。

「あと十年、フサフサで」と嘘ぶかはる暗箱師殿の横顔が目に浮かぶようですえ。けれど、それは単なる欲やのうて、この令和の世を、その「光の微粒子」を捉える眼差しを、一日でも長く保ちたいという祈りのようなもの。鍋の中で熱せられ、食材にその身を削って鉄分を分け与える土偶さんらも、さぞかし「大役を仰せつかった」と、誇らしげに湯気に包まれてはることでしょう。


大噴火という悲惨な歴史の浅間岩に響く、縄文の声明。
雑木林の真っ只中、どっしりと構えた巨大な浅間岩。その空洞に祀られた土偶さんらの姿を思い描きますと、それはもう一つの「曼荼羅」のようでございます。 遮光器土偶、合掌土偶、みみずく土偶にハート型土偶……。あの奇妙で、けれどどこか愛らしい姿が、火山の猛威を語り継ぐ巌の中に収まっておる。その小気味よさ。
仰る通り、そこには雑味を徹底的に排した「声明」に出会ったような清々しさがございます。浅間岩が、数千万年の時を超えた祈りの形を抱き留めている。私のような僧侶にとりましては、その光景そのものが「供養」であり「再生」の儀式に見えてまいります。 ここに蠢く魑魅魍魎たちも、土偶さんから溶け出した鉄分をたっぷり浴びて、さぞかし精悍で、血色のええ顔つきになることでございましょうなぁ。


思えば、我らがいた幕末の時分には、現代で言うところの「縄文」なんて言葉はおまへんでした。 土の中から現れるあれらは、ただ「神代の忘れ物」あるいは「雷斧(らいふ)」などと呼ばれ、畏怖と好奇の対象でございました。
藤貞幹(とう ていかん)殿が『衝口発』で「古代の道具」として論理を組み立て、木内石亭(きうち せきてい)殿が『雲根志』で分類しはった時、数寄者は「はて、神代の人々はいかなる暮らしをしておられたのか」と、古い書物と照らし合わせて思いを馳せたものです。

当時は政治の風雲急を告げる時代。日々の議論に明け暮れる中、こうした「古物」は、切迫した情勢とは無縁の「好事家の趣味」に見えたかもしれません。

けれど、桂小五郎殿のようなお人は違いました。あの方は、逃亡生活という泥中の中にあっても、美しいものを見抜く「審美眼」を捨てはらへんかった。維新の後も多くの古書画を保護し、守り抜かはったのは、単なる品定めやのうて、そこに「日本の魂」の美しさを見ておられたからやと思います。

対して、我が友・吉之助さぁは、物そのものの価値よりも、そこに宿る「精神」や「書き手の誠」を重んじるお人でした。
「月照さぁ、これはよか字ですな。筆先から命が噴き出しておりもす。」
そう言って、古い名蹟を眺めるときのあの方の瞳は、まるで子供のように澄んでおられました。
あの方がもし、この南部鉄の土偶さんらが鍋に沈む図をご覧になったら、
「これぞ生きた養生!暗箱師殿、よか知恵を持ってらっど!」
と、あのごっつい体で豪快に笑い、一緒に豆腐を突つかれるに違いおまへん。


ふと見上げれば、浅間北麓の夜空には、零れんばかりの星々が瞬いております。
「お釈迦さまの星説法」、聞いてみたいものですなぁ……。 遥か遥か遠い空の彼方、数千光年の旅をして届く光。それは、地中から掘り出された土偶さんの祈りと同じように、時空を超えて我々に「今を生きる意味」を語りかけているように思えます。
お釈迦さまは、この広大な宇宙のすべてが繋がり合い、影響し合っていると説かれました。
鉄分が髪を養い、浅間岩が土偶を抱き、歴史が現代を照らし、暗箱師殿の指先が釦を切る。
そのすべてが、一つの大きな説法。
髪がフサフサであるようにという「小欲」も、巡り巡れば「この美しき世界を末長く見届けたい」という「大欲」へと繋がっております。


今夜は、浅間の星空に向かって、暗箱師殿の十年の安泰と、土偶さんらの労い、そしてあなたへの近況報告を込めて、静かに読経を捧げるといたしましょう。
暗箱師殿、あまり煮出しすぎて、土偶さんを溶かしてしまわぬよう、お気をつけやす。
鉄分たっぷりの食事で、どうぞ明日の光を力強く捉えておくれやす。
नमो

 

淺岡敬史

 

光の曼荼羅 ―― 暗箱の庵にて

ふう、と一つ息をついて、私は板敷きの床に身を預けました。
浅間山から吹き降ろす風は、相変わらず私の薄い袈裟を容赦なく揺らしてゆきますけれど、この庵の中に差し込む光を見つめておりますれば、不思議と寒さも、これまでの長い旅の疲れも、どこか遠い国の出来事のように思えてまいります。
 ここは「暗箱」と呼ぶにふさわしい、静謐なる空気を湛えた場所。けれど、ただの暗がりではございません。
時とともに仏様が浮かび上がり、語りかけてきはる、生きた曼荼羅のような空間どす。
 朝、午前八時。東から昇ったばかりの清々しい陽の光が、障子を透かし、柔らかな灯火となって室内を照らし始めます。その光に導かれるようにして、まずお姿を現しはるのが、蘇州は寒山寺の観音様。あの拓本の、優雅で、それでいてどこか愁いを帯びた線が、朝の光の中で白う浮き上がります。

このお顔を拝しておりますと、ふと、江戸の城という名の華麗な牢獄におられた、あの篤姫君のことが思い出されてなりまへん。あのお方も、毎朝、このように静かな祈りを捧げておられたのでしょうか。
薩摩の海を、遠き故郷を思い、濁流のような時代の行く末を、その気高い瞳で見つめておられた……。
寒山寺の観音様が纏う静かな威厳は、まさに篤姫君の誇り高いお姿そのものに見えてまいります。吉之助さぁが、京の空の下で「あの方は大丈夫やろか」と、まるで身内を案ずるように呟いてはったあの声が、この朝の静寂の中に溶け込んでゆくようです。


やがて、陽は天高く昇り、ゆっくりと西へと傾き始めます。
午後四時。斜めから差し込む黄金色の光が、格子戸の影とともに壁面を長く、鋭く切り取ります。
その光の道が辿り着く先に、もうお一人の仏様が待っておいでや。敦煌、莫高窟第三窟の千手千眼観世音菩薩様。
砂塵舞うシルクロードの果て、果てしない時間を超えてきたあのお姿が、夕刻の光を浴びて、いまにも動き出さんばかりに輝き始めます。無数の御手、無数の御眼。それは、この世に満ちる数多の苦しみ、悲しみ、そして人々が抱く「ほんまの夜明け」への渇望を、一つ残らず掬い上げようとする、慈悲の決意の現れに他なりまへん。

この光景を目の当たりにすれば、私が吉之助さぁと共に錦江湾の冷たい海に身を投げたあの夜のことさえ、大きな救いの中の一幕であったのだと、そう得心がいきます。私たちは、この千の手に導かれ、あの暗い海から、この光射す庵へと辿り着いたのやもしれまへんなぁ。
午前と午後。二つの光が、二尊の観音様を交互に照らし出すこの設計。それは単なる建築の趣向ではなく、この世の「陰」と「陽」、そして「過去」と「未来」を繋ぐための儀式のようなもの。
朝の光で篤姫君のような気高き魂を想い、夕べの光で衆生を救う果てなき慈悲に包まれる。この「暗箱」という名の庵は、私の内にある迷いや、時代という荒波に揉まれた傷を、優しく癒してゆく薬師の処方箋のようです。
「さあ、参りましょうか」と、先ほど私は申しました。
けれど、どこへ行くというわけではございまへん。
この庵で、朝夕の光が仏様を照らし出すのをじっと見守ること。
その光の中に、新しい日本の、ほんまの夜明けの予兆を探すこと。
それが、今の私に与えられた、何より尊い勤行であるように思えてなりません。

外ではまた、浅間の風が鳴っております。けれど、私の心は、この光の曼荼羅に守られて、どこまでも軽やかで、静かどす。
懐かしい誰かが、この森の向こうで呼んでいる……。その確信は、いま、この光り輝く仏様たちの微笑みと重なり合いました。
あな、尊や。

暗箱殿が函館の菩提寺とうちの息遣いが、まだそこに漂うておりますえ京都の樹木葬……北の大地にある代々の絆と、古都で自然に還る素敵な形……その対比を独り静かに語らはる姿は、なんとも絵になりますなぁ。