

トラックの走行音と法悦 あぁ……眩しおすな。
月照は、ゆっくりと重い瞼を開く。木漏れ日が、幾重にも重なる光の矢となって、彼の身体を射抜いている。
……ここは、どこどす? 見渡す限り、深い森。あぁ、あそこに見えるんは、雄大な浅間の山やありませんか。上野国、浅間山の北の麓……。なんで、こんなところに。 体の中に流れる血が、微かに疼きます。150年。そう、風が、樹々が、私の耳元で囁いています。「あんたが眠っている間に、150年もの月日が流れたんや」と。 あんたの鼓動が、私の背中に響いていた。水底へ沈んでいく中で、遠ざかる月影を見上げながら、私は「これでええ」と思うたんです。あんたという御柱(おんばしら)と一緒に朽ち果てることができるのなら、それ以上の幸せはないと。
月照は、指先に触れる落ち葉を愛おしそうに撫でる。その動作一つひとつが、静寂の中で重みを持っている。
この150年という月日は、私への罰なんやろか。それとも、まだ私には、やらなあかんことが残っているという御仏の思し召しなんやろか。
月照は、身をよじり、ゆっくりと横向きになる。写真の通りの、深い眠りから覚めきらぬような、しなやかな曲線を描く姿。
……あぁ、体が重おす。 この150年の眠りは、私から言葉を奪い、力を奪いました。
立ち上がり、周囲を見渡す。遠くに浅間山の雄大なシルエット。 |

月照の白い指先 ふらふらと、何かに誘われるようして、この深い雑木林の奥へと分け入ってまいりました。浅間の山から吹き降ろす風は冷とうて、私の薄い袈裟を容赦なく揺らします。けど、不思議と足取りは軽おした。誰かが……懐かしい誰かが、この森の向こうで私を呼んではるような、そんな確信がありましたよって。
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「豊饒の海」そして「敬天愛人」 指先が触れた硝子の冷たさは、まるで死者の額に触れるようでございました。 この電脳の鏡の中に映し出されたんは、かつて私が、吉之助さぁと幾度も言葉を交わした、東福寺即宗院の土塀どすな。
吉之助さぁ。 あの頃、即宗院の木立を揺らした風は、もっと熱うございましたな。倒幕という、途方もない夢。腐り果てた徳川の世を終わらせ、新しい日ノ本を創るという、純粋すぎて、あまりに血腥い情熱。あの壁は、私らの吐息も、固く結んだ約束も、すべてをその身に受け止めてくれていたはずどす。
月照は、震える指で画面をなぞり、検索の深淵へと潜り込んでいく。 光る板の上に、現代という名の「虚無」が次々と現れては消える
月照は、深い溜息をつき、タブレットの電源を落とす。部屋は一瞬にして、浅間北麓の、薄明るい朝陽の静寂に引き戻される。
もし……。 もし、あの時。 錦江湾の波に呑まれ、あんたがそのまま死んでしもうて。 幕府が倒れず、あの凪のような徳川の世が、形を変えて続いていたなら。 今のこの国は、もっと穏やかな、夕暮れのような美しさを保っていたんどすか。 それは、志士としては許されへん邪念かもしれません。けど、150年後の朝陽にこうして焼かれていると、そんな「もしも」が、毒の花のように心に咲き乱れるんどす。
月照は、ゆっくりと立ち上がり、かつての即宗院の壁を思い出すように、何もない空中にその手を伸ばす。
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「炎の絵師」 浅間の嶺に抱かれたこの庵にも、ようやく真夏の日差しが突き刺さるようになってまいりました。 お裾分けいただいた向日葵、おおきに。嬉しゅうございます。なんと、まあ……。この「お天道様をそのまま形にしたような」強烈な黄金色は、京の寺で見慣れた、泥中からひっそりと立ち上がる蓮の美しさとは、また似て非なる生気(いのち)を感じさせはりますな。
「孤独」という名の伴侶: どれほど多くの人の中にいても、魂の奥底にある、誰にも触れさせぬ「深淵」を抱えて生きていた。あの方も、そしておそらくゴッホ殿も。
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八雲車から観覧車 浅閒北麓の朝気(あさけ)は、京の冬の底冷えとはまた違う、凛として身の引き締まる清々しさがございますなぁ。
八雲車、空をゆく夢。ふと目を上げれば、遠くに巨大な輪が見えます。あれが現代の「観覧車」、かつてシカゴで披露された「フェリス・ホイール」というものどすか。 けれど、電脳曼荼羅で調べれば、江戸の文人・喜多村信節が『嬉遊笑覧』に記した「八雲車」こそが、その先駆けであったとのこと。なんとも誇らしい話ではおまへんか。 パリの空と、吉之助さぁの決断。慶応三年のパリ万博。吉之助さぁらの薩摩勢が出品し、一方で幕府からは敵対する澁澤翁らが海を渡りました。 あの水圧式のエレベータとやらに、澁澤翁は肝を潰されたとか。京の都で剣を交えていた裏側で、海を越えた万博の地でもまた、日本の威信を賭けた戦いがあったのどすなぁ。
足湯の湯気に包まれながら、月照は静かに目を閉じ、浅間の空を仰いだ。
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「あんたは、ここで生きてええんやで」 あぁ、これどす、これどす。 月照は目を閉じ、ゆっくりとその実を口に運ぶ。ねっとりとした濃厚な甘みが、舌を包み込み、喉の奥へと溶けていく。
……あぁ。
月照は、残りの干し柿を慈しむように見つめる。それは、歴史という名の広大な砂漠の中に見つけた、一滴の清らかな水のような存在だった.
月照は再び干し柿を手に取り、柔らかな朝陽の中で微笑む。その横顔には、かつての悲壮な決意ではなく、今を生きる一人の人間としての、穏やかな光が満ち溢れていた。
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この庵の暗箱師殿 あぁ、また届きましたえ。あの白拍子のようなお人から。
月照は、指先で画面の中の梅蜜をなぞる。添えられた白い平たい菓子……現代の「クラッカー」というものの軽やかな響きを、まだ耳に慣れない心地で受け止めている。
月照は、満足げに微笑み、タブレットを閉じる。部屋には、梅の爽やかな香りが、いつまでも微かに漂い続けていた。 |


百五十年の悶々と、飽食の「青黴」
臨済の智、あるいは「霞」の味。
霞は、喰えるものだろうか……
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墓標のような細長い硝子器 あぁ……。 今朝もまた、玄関先に静かな贈り物が届いておりました。 山麓の露を孕んだ凛とした白。……桔梗(ききょう)どすな。 おそらく、近隣の村の娘さんが、托鉢の僧を労うつもりで置いていってくれはったんやろ。その清らかな真心に、胸の奥が少しだけ、春の雪解けのように緩んでいくのを感じます。 |

白拍子さんの庵 ご縁が再びとは、ほんまにありがたいことでございます。
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幸せの百俵買い この庵にとって、あの暗箱はな、えらい大事なもんどすえ。 |

北麓から南麓、和庵にて――蓮月尼の面影を揺らす一碗
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喫茶去 浅間の嶺を渡る風も、どことなく秋の気配を孕(はら)んでまいりましたなぁ。 ふとした拍子に、またこうしてお話しできますこと、ほんまに不思議で、有り難い「ご縁」やと感じております。 |

魑魅魍魎と電脳曼荼羅 夜な夜な、この庵の周りが騒がしうございます。
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あんたの歩幅と重なることを信じて あぁ、なんという有り難い光どすやろ。 |

『天人五衰』 あぁ……。 朝の五時。このお月見台に立つと、浅間の山麓はまだ深い群青の底に沈んでおります。
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篤姫とのご縁 あぁ、縁(えにし)というものは、誠に不可思議な糸で結ばれておりますな。
★()内はルビ
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浅間北麓の夜気は、身に染みる冷たさの中に、どこか遠い神代の残り香が混じっているようでございますなぁ。 「あと十年、フサフサで」と嘘ぶかはる暗箱師殿の横顔が目に浮かぶようですえ。けれど、それは単なる欲やのうて、この令和の世を、その「光の微粒子」を捉える眼差しを、一日でも長く保ちたいという祈りのようなもの。鍋の中で熱せられ、食材にその身を削って鉄分を分け与える土偶さんらも、さぞかし「大役を仰せつかった」と、誇らしげに湯気に包まれてはることでしょう。
けれど、桂小五郎殿のようなお人は違いました。あの方は、逃亡生活という泥中の中にあっても、美しいものを見抜く「審美眼」を捨てはらへんかった。維新の後も多くの古書画を保護し、守り抜かはったのは、単なる品定めやのうて、そこに「日本の魂」の美しさを見ておられたからやと思います。 対して、我が友・吉之助さぁは、物そのものの価値よりも、そこに宿る「精神」や「書き手の誠」を重んじるお人でした。
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光の曼荼羅 ―― 暗箱の庵にて ふう、と一つ息をついて、私は板敷きの床に身を預けました。
暗箱殿が函館の菩提寺とうちの息遣いが、まだそこに漂うておりますえ京都の樹木葬……北の大地にある代々の絆と、古都で自然に還る素敵な形……その対比を独り静かに語らはる姿は、なんとも絵になりますなぁ。 |