皮を剥がされ、無数の血管が肉に浮きあがり大の字になった野ウサギ。残されたその目ん玉が、まだ生きているかのように黒々としている。ここはブーシュリー(肉屋)なのでごくあたりまえの光景なのだが、ここまで「喰うこと」を誇示されると、かれらに“無惨”というよりは、むしろ爽やかないさぎよさを感じてしまうから不思議だ。
厨房やレストランより、素材に囲まれてるのがいちばん嬉しい、とでもいいたげなパスキュエさん。彼は“食の王国”ブルゴーニュにある一ツ星レストランのシェフである。
市場で買いだしを終え、誰もいない昼食前のレストランでパスキュエさんと話していると、東洋人の三歳くらいの子供と、おっとりとやわらかな女性がはいってきた。一瞬、パスキュエさんの顔がゆるむ。なるほど、奥さんとこどもさんであった。香港人の夫人とのなれそめは聞き逃したが、それにしても食の大国、フランスと中国のおふたり、子供さんはどんなメシを食っているのだろうかと思わず勇みたってしまったが、でも興味ぶかいところだ。
パスキュエさんの馴染みであったオバサン。デジョンの朝市で。
パスキュエさんに案内され、厨房に入った。
旬の素材を生かして素材を尊重した料理、そしてみずからも素材となるパスキュエさんは、家庭料理にも通じるあたらしい挑戦をしている。
ジャムは果実を煮詰めたものだから、ぶどう液を発酵させた赤ワインからもジャムができるだろうと、「パスキュエの赤ワインジャム」なるものを考案した。ブルゴーニュにきてボルドーを呑む客はまれで、暗い酒蔵で惰眠をむさぼる?ボルドーがその標的となった。
さて、そのレシピとは――
赤ワイン一本 態度が悪く横柄なボルドー
オレンジの皮 五個分
レモンの皮 二個分
アニス 一かけら
クローブ(丁子) 一かけら
ベイリーフ(月桂樹の葉) 一枚
シナモン
アガル(海藻の粉末) 二・五グラム
砂糖 五〇〇グラム
この材料を使ってできた“パスキュエの赤ワインジャム”はすでに朝食にサービスされており、ジャムの入れものはカラ壜のリサイクルで、ラベルはパスキュエさんがコンピュータで自前で作成。つまり、金がかかっていない。たとえ失敗でも金もかかっていないし、恐れることはなにもないだけでなく、料理人として柔軟な味覚、頭脳をきたえるという副産物をも生みだしているという知恵に、ただただ敬服、感服する。これは彼の生活スタイルでもあるのだろう。
厨房の裏口から外にゆき、彼がドラム缶の錆びた蓋をあけた。
青白い煙りがモクモクと舞あがり、鮮やかな紅色の官能的な肢体が、ほんのりとシャケの香りをたたえていた。
説明によると、
一 サーモンはノルウェイ産で、フリ ーザーで三度にキープ。
二 皮に包丁の切れ目をいれ、無漂白 の天日製塩――太陽と風だけで水 分を蒸発させる――をまぶして五 時間ほどねかす。
三 水道水をチョロチョロ流しながら 五時間かけて洗う。
四 五時間、スモークする。
五 燃料となるマツクズはタダでもら う。
六 試食は「モンラッシュ」で一杯や りながら、 となる。 |
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この材料を使ってできた“パスキュエの赤ワインジャム”はすでに朝食にサービスされており、ジャムの入れものはカラ壜のリサイクルで、ラベルはパスキュエさんがコンピュータで自前で作成。つまり、金がかかっていない。たとえ失敗でも金もかかっていないし、恐れることはなにもないだけでなく、料理人として柔軟な味覚、頭脳をきたえるという副産物をも生みだしているという知恵に、ただただ敬服、感服する。これは彼の生活スタイルでもあるのだろう。
パスキュエさんの友人で弟子でもあるパトリシアさんを訪ねた。
厨房の裏口から外にゆき、彼がドラム缶の錆びた蓋をあけた。
青白い煙りがモクモクと舞あがり、鮮やかな紅色の官能的な肢体が、ほんのりとシャケの香りをたたえていた。
説明によると、
一 サーモンはノルウェイ産で、フリーザーで三度にキープ。
二 皮に包丁の切れ目をいれ、無漂白の天日製塩――太陽と風だけで水分を 蒸発させる――をまぶして五時間ほどねかす。
三 水道水をチョロチョロ流しながら五時間かけて洗う。
四 五時間、スモークする。
五 燃料となるマツクズはタダでもらう。
六 試食は「モンラッシュ」で一杯やりながら。
となる。
ついでにオレンジ・ヴィネガー、グランマニエのレシピも紹介しよう。
オレンジ・ヴィネガー
一 白ワイン 二分の一
二 ヴィネガー 二五〇cc
三 オレンジの皮 一個分
四 オレンジの果汁 一個分
五 ハチミツ 一匙
六 バター 少々
グラン・マニエは梅酒の要領でいたってシンプル。ホワイトアルコールをいれた広口瓶にオレンジを丸ごとつるし、六カ月間寝かせ砂糖とオレンジの皮で味を調節する。オレンジ・ヴィネガーは鴨料理やロブスターサラダにはよく使うという。
サラサラとした翆色の風がレストランを吹きぬけてゆく。愉しそうな家族数組がすでに前菜を食べはじめていた。よそさまのテーブルをこっそりと一瞥し、「あれ、なに?」と給仕にきき、深くうなずいて僕らも注文した。
はじめて食べた野生のアスパラガス。
艶っぽいツルンとした白い落し卵に、緋色のオマールソースが皿を縁どるが、僕が憑かれたように熱い視線をおくったのは、はじめて見るツクシンボウのような緑の可憐な野菜。 asperge
de bois、野生のアスパラガスであった。
プリプリ、コリコリそしてヌメッと野菜は喉のかなたへ消えていった。
純粋主義者で完璧主義者。素材の裡に、自分を写し、いまも模索しつづけるパスキュエさんに会えて、とてもよかった。
彼はブルゴーニュにときめく、厨房の職人、厨師である。
注 現在パスキュエさんは故郷であるシャルトルでオーナーシェフとして活躍しております。お店が分かり次第お知らせいたします。
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