フィレンツェは街そのものが、ルネサンスの博物館である。当然この街には世界から観光客がどっと押し寄せる。ジョットの鐘楼、大聖堂の大円蓋に登るにも、某国の通勤ラッシュなみの覚悟は必要であり、ピッティ宮殿はさながら週末のデパートだ。しかもその内部は、ラファエロをはじめ、ルネサンス芸術がすき間なく壁面を埋めている。ここには「陰影の美」や「床映り」といった鑑賞態度はないのだろうかと、少しひねくれてしまう。しかし折角フィレンツェに来たのだからと、ついつい気合が入り、人混みに足が向いてしまう。なら、せめてホテルくらいは、ゆったりと、騒音のない落ち着けるところしたい。そしてトスカーナの赤い液体をじっくりと楽しみたいものだ。 |
閑静な住宅街にあるホテル・リージェンシーは僕の常宿のホテルである。ホテルの前はダゼリオ公園が広がっており、ゴールデン・レトリーバーと初老の紳士がほどよくあたりと溶け込んでいた。瀟洒な意匠のドアを開けると、北方の湖面のような大理石の床が広がっているがここで目が引くのは、オーナーの趣味である染付の大壺、アルバレロ、また緑、青、紫などで草花文などが描かれたイタリア陶器が、小気味よく配置されていることである。 |
調度品、室内装飾、ホテルマンの教育など、すべてオーナーであるオッタビアーニ氏の好みで統一されているが、中でも際立っているのが、ワインのコレクションと食器類であった。 「トスカーナの料理は色彩が豊かなので、派手な柄ものは料理も食器も殺すことになります。器はやはりジノリの純白に限ります。はい、ワインはもちろんトスカーナを中心に揃えております。キャンティ地区のワインはニッポンでもよく呑まれますね。」 柔らかい笑みを刻む給仕長からは、キャンティでは有数の生産者であるルフィーノ家の「カブレロ・イル・ボンゴ 1987」を奨められた。ほとんどの肉料理と相性がいい「ヴィノ・ダ・タヴォーラ(テーブルワイン)」である。 |
スタッフの笑顔も味のうち。みなトスカーナの陽気のようだ。 | ソムリエの助言を無視し北イタリアの「ピエモンテ ピエモンテ アンジェロ・ガーヤ」を選んだのが我が編集長。 「タンニンは強くなく、酸味が中心」とのコメントを残し部屋に消えていった。 |
ワイン製造の技術は、ギリシャ以来の酒神バッカスを崇拝していたローマ人が、いまのフランスにあたるガリア地方を占有していた当時、ガリア人に伝えたものという。ラテン語のVINUMはフランス語でVIN、、ドイツ語でWEIN、英語でWINE、そしてとイタリアでVINOなったわけだ。ガリア地方はギリシャ、ローマの多神教に変わり新興キリスト教が浸透していったが、この勢力もまたワインを愛好するようになった。 「我はまことのぶどうの樹、わが父は農夫なり」(ヨハネ伝一五)「我はぶどうの樹、なんじらは枝」(同上)とキリスト世界ではぶどうの樹を神聖視すうるようになり、ワインはキリストの血とかんがえられ、ワインと教義は密接な関係になっていった。教会をかざる柱頭彫刻や扉彫刻あるいはゴブラン織に描かれたぶどう文様は、キリスト伝、聖者伝とともにひとびとに親しまれていったのである。 ワインを愛し、酔うことを教えにまで高めたキリスト。さすが太ッ腹、僕は思わずウムとうなったのである。 キリストから祝福されたワインとともに、今宵のトスカーナの夢見がしずしずと始まろうとしているbb。 |
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HOTEL REGENCY Piazza Massimo d'Azegilo 3 50121 Florence,Italy TEL:39-055-245-247 FAX:39-055-234-6735 |