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古典的な美しさのラジエター・シェルは ロールス・ロイスの貌 |
ルビーの光沢、クリスタルの風合い、プラチナの威厳、漆の気品、象牙の典雅、絹の愉悦、白磁の温もり………美術品のような「シルバー・スピリット/E-AS」のボンネットに、橙色に染まった流れる木々が競いあうように映り、その前方中央には妖艶な女性の小像が優雅な陰影をつくっていた。 |
ラジエター部門の親方、デニス・ジョーンズさん |
この世でもっとも僕と縁がないと思っていたひとつに、ロールス・ロイスがあった。メルセデスやポルシェは憧れではあるが、ロールス・ロイスは憧れや夢の外にあり、見ることはあっても触れることすらないとかたく信じていた──というより暮らしのなかでの自動車として、ロールス・ロイスにはまるで興味がなかった。 銀幕の大女優に恋をしても消耗するごとく、ロールス・ロイスに恋をしても徒労に終わるだけである。だが、しかしである。僕は今こうして工場からホテルまで一瞬
"ロールス・ロイスの人"
となっているわけだが、まわりくどいいいかたをすれば、僕がロールスロイスのハードウェアの名声や数々の伝説、神話に膝をくっしたわけでない。 「ワシのつくっているのは、ロールス・ロイスの貌じゃ」
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彼はかつて乳製品工場の機械工として一五年も働いていたが、その腕を買われ一九七〇年にロールス・ロイスに入社。 しなやかにな円弧を描き、鈍く光るクロム・ニッケル鋼の板に鑞ごてが忍びよる。デニスさんがいまおこなっている作業は鑞付──金属と金属を接着させる技法。金属のこなや破片を接合部におき硼砂をつけて加熱して融解接着する──で、金属細工のいちばんたいせつで高い技術をようするところ。
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兄弟6人ともロールス・ロイスで働いている 座席を担当する革職人
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極上の桐箱にそうっとしまっておきたいほどのラジエター・シェルの組み立ての妙技は、人間の髪ほどの誤差も許されない、という。 ある程度の技術があれば、ひとつくらい完璧な品はできる、とデニスさんがいっていたが、問題は「常に完璧を求められている」という徹底性と純潔性。工芸家や芸術家にとっての"駄作"は傑作まえのアソビとしてまわりから許されても、"駄作"をみずから許さないのが職人の技と気迫なのである。 |
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薄く切断されたウッドベニアの歪みを調整する
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一〇〇年ほどまえ、デニス親方をさらに代弁したのが、アーツ・アンド・クラフト運動を展開し、ヴィクトリア時代の機械生産を批判したたウイリアム・モリスであった。 「芸術の主たる源泉は、日々の必要な労働のなかにある人間の喜びであり、この喜びは自らを表現し、その仕事のなかに体現されていることを、私はなお重ねて言う。ほかの何ものも公共の生活環境を美化できないし、そうした環境が美しい時はかならず、それは、人間の労働がそのなかに喜びを持っていることの証しなのである。……それらが醜くした地球の美に対する侮辱なのだが、我々の町や住居がむさくるしく忌まわしいのは、そして生活のすべての付属品が見劣りし、陳腐で、そして醜くいのは、日々の労働において、こうした喜びが欠けているからである。……膨大な芸術をその手によって生み出さねばならない労働者たちは、生きるための商業システムによって支配され、最善の場合でさえも、すべての美的感受性と生活の喜びを失うことなしにはその健康を保てない、誰もが住みえないようなごみごみした醜い場所に住まわせられている……このような醜悪さのただなかに生活する人々には、人を認識することはできないし、その結果、それを表現することができない」(一八八五年発表『芸術における労働者の役割』) |
工場の佇まいも整然としていた |
「ロールス・ロイスで働いて、二五〇年になったよ。」 「わたしは六人兄弟でね。そう、六人ともここで働いていますよ。わたしはもう三五年もロールス・ロイスにいますが、兄弟あわせると二五〇年もつかえているわけ。みな違う部署にいるので、兄弟で一台の車をつくっているようなものですよ。」 |
工場周辺には古い民家が点在 |
エルメスやグッチの革職人を思わせるリチャード・ドブソンさんが、ほのぼのとした笑いを刻んだ。とてもやわらかい笑みだ。一五才からロールス・ロイスで働いているリチャードさんは、座席を優雅につつむ革の職人。香水王のコティが「香水はフタをあけるまえから香らなければいけない」といっていたが、ロールス・ロイスはイグニッション・スイッチをまわし、エンジンが始動するまえからロールス・ロイスであらねばならぬ。 |
貴婦人の奥を覗いた気持ち、うっとりとする車内だ |
一八七八年に創業し革製品を扱うコノリー・レザー社は、エドワード七世の戴冠式のために革ばりの椅子を制作したロンドンの老舗で、ロールス・ロイスが最初に開発した車以来、現在も革の供給を担当している。もちろんコノリー社もロイヤル・ウォラントのホルダーである。 |
18年ぶりの新モデルの「シルバー セラフ」 |
一台のロールス・ロイスには約二四頭分の牛皮が使われるが、裁断、縫製、仕上げはすべてが、寡黙だが広大で緻密な手作業である。 |
スコットランドの風を切る「シルバー
セラフ」
【 協 力 】
コーンズ・アンド・カンパニー・リミッド
東京ショールーム TEL 03-3798-5171
ロールス・ロイス http://www.rolls-royceandbentley.co.uk