この度の15号、19号での洪水で一気に35年前のイスタンブールに飛んだ。アラブ首長国連邦からの流れでトルコで撮影していたが、

気持ちはイラクだった。つまりメソポタミアの「方舟」の客観的「証拠」を撮りたかったのだ。

トルコでアテンドしてくれたトルコ人の女性が、かたくなにイラク行きを拒んだのだ。

彼女がトルコ行きを承諾するまで、ひたすら茶を飲み、矢島文夫訳の初版本を繰り返し読んだな。

そう、「大洪水」からの避難へのメカニズムをイラクで学びたかったのである。

 

 

で、トルコの路上でイラク行きを祈願し、「魔法のランプ」を買った次第だが、効果はまったく無かった。
で、今でも夢は何ひとつかなえてくれない。「魔法のランプ」を押しつけたオヤジの顔は、はっきり覚えている。昨日のごとくだ。

 

令和元年十一月六日

 

 

 

 「大洪水」

 

千葉でみたびの洪水ニュース報道。  うーん、辛いところだな。  森田健作知事の懸命な記者会見に打たれるものがあった。  

で、「洪水」→「大洪水」→「ギルガメシュ叙事詩」→ 古事記の海幸彦、山幸彦 → 青木繁と繋がった。  

夏目漱石にして彼を天才と言わしめたのだが、自らの情けなさを詫びる病床での青木繁の手紙は遺言そのものでもあった。


―――― 骨灰は序の節高良山の奥のケシケシ山の松樹の根に埋めて被下度、小生は彼の山のさみしき頂よ り思出多き筑紫平野を眺めて、
此世の怨恨と憤懣と呪詛とを捨て、靜かに永遠の平安なる眠りに 就く可く候。
―――― そっか、今でいう「樹木葬」だったのだ。


令和元年十月二十七日

旧「最近の事」

 

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