淺岡敬史

うつくしい二律背反

三十年来の某氏(僕は「銀輪伏」と呼んでいる)が、「北の国から」を追って自転車旅行。テレビドラマは見てないが、ロケ現場からはぼんやりと物語が想像できる。そのドラマの概要をWikipediaで見ると、膨大なその情報量に圧倒された。掲載写真は、氏のブログから借用したが、この風景が妙に僕の若い頃の旅と重なった。

被写体はまったく違うけど、僕の旅と同じなんだよね。 自分のなかの自家撞着としか結論だせないな。

よし、自分の矛盾に向き合うのではなく、さらに耽溺する覚悟を再確認しよう。

 

淺岡敬史

 

偉大な肉ジャガ論争

詳細はさておき、その彼のご縁で「肉じゃが」と相成った。「東郷ビール」とモロ重なったのである。

「肉ジャガ」誕生のきっかけは東郷平八郎だったのだ。彼が英国留学中に食べたビーフシチューの味が忘れられず、帰国後の真鶴赴任中、軍艦の料理長に、「牛肉、ジャガイモ、ニンジンで同じ料理を作れ」と命じた。当時、ビーフシチューの味を口で伝えること自体が無理だよね。で、今の「肉じゃが」になったのです。本当に事実だよ。

今後は「肉じゃが」を戴く時は、一礼しましょう。

当然、真鶴市は「肉ジャガ」の発祥の地として観光目玉にしたが、クレームがついた。

「東郷さんは真鶴の前に呉に住んでおり、ここから肉ジャガが誕生したのです。許せない真鶴市。」と 広島県の呉市が噛みついた。

餃子日本一争いもあったが、ホンワカしたケンカではないか。

 

 

淺岡敬史

 

「不時」を思う

さらにさらに、彼のご縁で「不時」ということを教わった。 突然の来客にも慌てないでお茶を振る舞うことらしいが、屋根裏も一瞬にして茶室に早変わり。琉球畳が活躍していたが、撮影の小道具にもなることが分かった。

ま、茶の湯だけではなく、「不時」を戦時として捉えるのも役にたちそうな智慧かも。

重たい仕事がいくつか片付き、あちらが浅間南麓なら、こちらは北麓で「不時」をぼんやりと考えようかな。


令和四年五月十五日

淺岡敬史

 

 

淺岡敬史

 

兜煮

馴染みの魚屋で、鯛のオカシラ。一般的には刺身中心なので、「頭」は「余りモノ」扱い。アイスキャンディ1コと同じ価値だ。

魚を喰うのには慣れているのか、小骨処理もきれいにこなせるのが自慢だ。

で、「余りモノ」で兜煮と相成った。日本酒たっぷりにグズグズと。 最後は熱湯を器に満たし、スープ処理。小骨にまとわりついた魚肉も豊かだ。某国では、ブイヤベースというらしいな。

端午の節句を祝った。

 

皐月といえばロシアのバルチック艦隊を撃滅し、戦艦三笠に将兵を集め「連合艦隊解散ノ辞」で述べた東郷平八郎の言葉で有名になった「古人曰く。勝っても兜の緒を締めよ。」。オフクロからよく云われていたのを思い出す。(勝ったことないけど・・・・・な)

ロシアに虐められていたフィンランドは、東郷平八郎に拍手喝采。で、「東郷ビール」が誕生。写真のラベルは復刻版で、当時と同じデザインなのが嬉しい。

淺岡敬史

 

健在 東郷ビール

フィンランドで120年前の歴史が、東郷ビールだった北欧の人々。「Savusuolaa 」というバーでも健在と知人からの一報だった。日本では復刻版は購入できるが、高い、高い。汗笑)


令和四年五月一日

淺岡敬史

 

淺岡敬史

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iChat

けっこう強引なお誘いがあってzoomなるものに参加したが、100人ちかくの顔がずらりには驚いた。ま、繁盛してる集会なのだろう。ホストのような人がいて、慣れたように発言者を決めて話題を振る。しゃべりたいことはたくさんあったが、敢えて控えめにしたせいか、ストレスが溜まったな。

 

みな、新しいネット上のシステムのように語るけど、何、Mac仲間では、20年以上前に「iCat」というビデオ・チャット遊びあったな。自慢のライム、ホワイトの iMacには、カメラを別個用意し「白雪姫」と名付けた iMacにチョコンと。なかには、カメラを数台用意してチャットする強者もいた。面白そうな人が入室したら、電話で仲間に参加を呼びかけたり楽しかった。

 

当然、テーマはない。こちらが呑りはじめると、参加者も張り合って見たこともないワインを抜栓する強者も・・・・・

zoom参加者は、みな真面目そうな方ばかりで、オイラだけが静止画を貼り付けていた。

zoomでも呑み会などあるだろうが、今は、ソロ呑りがいいな。

淺岡敬史

 

リテラシー

ある書家から教わったリテラシーというアプローチに興味津々。「適切に理解・解釈・分析し、改めて記述・表現する」ということになるのだが、被写体にレンズを向ける時に、参考になるような気がするな。
いつも寄り添ってくれる大切なモノ、心のどこかに置き忘れてしまいそうモチーフなどなど。

夏に向けての、新しい課題かな。


令和四年四月十六日

淺岡敬史

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「 えっ 」と 一瞬固まった。

ちょいと来客があったのでサービス。

「えっ」と期待とおりの反応が、嬉しかった。

見た目は、タマゴサンドのオープン。恐る恐る口に運んだ客人が不思議そうに云った。

「これってタマネギですかぁ。」

タマゴで手をベチョベチョにしながら、3分ほどで皿に盛ったタマネギは彼の胃袋の奥へ消えていった。

そう、絶妙な甘みだったのだ。
ただ厄介なのは、これ1コで、不二家のイチゴがごっそり入ったショートケーキが買えるんだ。
ウーン、ウム、ウム。

 

令和四年三月二十九日

淺岡敬史

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澄込

先月、情けなくなった雪ダルマでウイスキーを割ったが、今回は、なんとシャンパーニュを道明寺でごっそり余った桜花を塩抜きして割ってみた。

 

1、目で琥珀色を愛でる。2、グラスの繊細なエングレービングに惚れ直す。3、優美に立ち上る泡の音を楽しむ。3、自信たっぷりに呑る。

 

かつて何度も原稿で書いた「僕の流儀」だが、今は同じような事は恥ずかしくて書けないな。そもそもシャンパーニュ自体と縁もかなり薄くなってるし、頑張りもきかなくなってきたしな。

ま、春めいてきており、澄込ということで・・・・・

 

動画 で見ると桜花で割った、というより小躍りしていた。

 

 

淺岡敬史

 

 

「お酢は尾道よ。」

酢飯をかき混ぜながら料理人が叫んだ。さらに「少塩多酢」と。手も動くが口がその数倍動くのが撮影していて楽しかった。

あとはたっぷりの錦糸タマゴとホタテ、イクラが・・・・・

酢のことなんか考えたことがなかったが、興味が出て調べてみた。あまりいい例えが見つからなかったのが面白かった。

 

酢がすぎる、酢でさいて飲む、酢につけ粉につけ、酢にも味噌にも、酢の蒟蒻、酢を買う、酢を乞うなどなど。

 

ま、「酸いも甘いも皆承知」ということで。

 

令和四年三月十八日

淺岡敬史

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大御所レーニン、如何にっっっ。

——— 路上でレーニンのバッチを売っていた少年の眼差しが複雑だ。背後の壁にはイコンが。「宗教はアヘン」とは共産主義の常套文句なんだけど。14時、トルストイの家。——— (1990.9.10)

取材ノートと自著をあらためて見返した。この少年は、現在のウクライナをどう思っているのだろうか。もしかして殺戮に加わっているのだろうか。

 

ソ連共産党でも手を出せなかったトルストイ。「逆境が人格を作る。」と彼は叫んだが、その思いを知りたい。
レーニンのバッチを手に取ったとき、クール宅急便で見たこともアイスバーが届いた。

複雑の思いで、喰った。

 

「私はウクライナの人々に「徹底抗戦しろ」とはとても言えない。そして「逃げろ」とも言えない。私ができることは、ウクライナの人々の決断を敬意をもって尊重し、彼らの無事を祈ることしかない。」

ある方のブログが、目にとまった。

 

令和四年三月六日

淺岡敬史

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愛媛 札所の流れ・・・・・

愛媛のタマネギ農家とご縁ができた。「血圧下がるよ。」とオフクロから30年ほど前から云われてたが、確かに沸点が低い僕には、タマネギが鎮静効果があるかも。浅間北麓の仲間から、タマネギの天ぷらを「恒常的」に戴いているのだが、さらにタメネギを極めたいこのごろだな。
で、雛さまに丸ごと献上した次第。なんとなく春めいており、スプーンとフォークでお上品に戴くのだ。

タマネギ推しの、この夏かな。

 

令和四年三月二日

淺岡敬史

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金持ちになりたい、時持ちの悶々

わずかに雪が積もったので、懸命に雪ダルマ。西の和尚は絶妙なコスメで仕上げしていたが、こちらはスッピンで勝負。春の雪が楽しみだな。よし、今度は厚化粧でいこう。

雪ダルマが溶けはじめ、首が落ちる瞬間を動画で撮ったが、ここは情けがだいせつだろう。

で、ウイスキーグラスにしずしずと・・・・・安酒だったが、おおいに化けた。

 

物欲はまだまだ衰えはしらず、諸般の事情で形がない「時」と向き合っているが、これがなかなか厄介でもある。

 

令和四年二月十六日

淺岡敬史

 

 

淺岡敬史

 

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方言と米

「はっつり」って、なんとなく「音」として伝わるが、あまり聞かない。で、方言かと思って検索したがヒットしない。真鶴出身の方の表現だったので、郷土博物館の館長さんに問い合わせたら、「・・・・・・・・・・」だった。

ま、いっか。炊きたてのご飯の「枕」として相応しい「音」でもあるのは確かだ。

 

親から教わった記憶はないが、米、一粒も粗末にしたことはないな。

しばらく稲作は外来人が入った弥生時代に「輸入」された、と教わったが、何、縄文時代からすでにあったのだ。

ま、そんなことは反論もあるだろうし無視しよう。

 

 

三十五年ほど前、ヴェルサイユで茶会を企画した折、ドイツから参加した女性から「米」に関して質問攻めにあったと後日知った。彼女はいわゆる「日本趣味」のようで、日本の「米」「作法」「流儀」を現在はドイツでいろいろ広報している、とのこと。それが乗じて、かのバーデンバーデンで日本雑貨の店を開業しいるとの一報が入った。

 

 

令和四年二月四日

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再び北斎肉筆画 疫病退治の図

節分をひかえた鬼の足なんだけど、炭火で焼いて山椒を振って喰ったら旨そう。コリコリした歯触りがよさそうだな。北斎翁に失礼かも知れないが、確かに旨そうだ。今年は豆ではなく餅をまく。

なんて思いながら免疫力を意識する昨今。ま、世間の風評は、ちょっと性格が悪い風邪なんだろうな。


夏ミカン、鏡餅から始まり、お寺がつづく。その延長だ 法隆寺金堂の模写師 になった。

流石の大御所。平べったい綴りが素敵だった。

 

 

 

淺岡敬史

 

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またまた東西名刹から・・・・・

東の「生柚子」と西の「柚子ジャム」

どっちがいいのか分からないが、ありがたや、ありがたや。

 

令和四年二月一日

淺岡敬史

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東西名刹、和尚の写真対決

編集の妙ってことかな。敢えて名を伏した他人さまの写真でも胸底打たれる作品は、舌から分厚い苔が落ちる思いだ、

グローブにガッチリ爪を食い込ませるミミズク。背後の不動明王と智慧を競い合っているような写真だ。

氷った蹲い(つくばい)にクチバシをあてるメジロなどなど・・・・・そのロケーションが羨ましいな。東の和尚さまの狙いは、いつもながら絶妙。


一方、コスメごっこを愉しむ不揃いの雪ダルマ。広大な庭の冬景色では、千両、万両などは文字通り千両役者、万両狂言師になるわけだが、今回はコスメの一翼を担った。

説法には充分な「不揃い」振りだ。

「翌日には溶けてなくなった。」

和尚からのメールの文面が、うつくしく思えたから不思議だった。

思えば西の和尚は、いつも笑顔いっぱいだった。

 

 

令和四年一月二四日

淺岡敬史

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はやくも福は内

出刃包丁でもノコギリでも動じることがない鏡餅の外皮。寺友の仏師のノミでもガンとして、その体型を崩さないのだ。で、きれいさっぱり還俗した旧坊さまのお知恵拝借となった。彼は京都の名刹で三百コほどの鏡餅と格闘していたのだ。

「餅の表面に水を少々。あとは五分ほどチン。ぬるま湯のなかで、指先で簡単に分けられる。」とのこと。確かに突き立ての餅になった。餅はつらつら眠っていたのではなく、火のでるような活動をしていたのだろうな。

 

揚げ餅を口のなかでコロコロさせながら、きな粉と黒蜜のハーモニーを頭に浮かべている。

チンする前に、その造形をかつての イガグリ 撮りと相成った。

屹立した仏塔のようだった。

節分前に「福は内」か。

 

 

令和四年一月二十日

淺岡敬史

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自家薬籠

そろそろ雪が欲しいな、と思っていたら降った。もちろん雪害で大変な方たちもいるが、ここは、ま、ご勘弁。ある人にとっては正義だが、ある人にとっては害になることはままあることだし・・・・・

雪ダルマと熱燗。

酔うとしゃべりが生きてくるのが楽しいが、雪ダルマも適度に反応してくれてるようだ。
屁理屈愛好家には止められない時間がはじまるのだが、英霊の前ではさすがに大人しくなる。

 

ある本で、「小さな暮らし」という世界を垣間見たが、ここ三十年の僕の暮らしぶりと重なった。

自家薬籠という便利な処方箋は、収入減の昨今にとっては、有り難い妙薬なのである。

ところで、虎と寅、龍と竜。

ま、いっか。

 

令和四年一月十一日

淺岡敬史

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一器三様そして斜め立ち

原理原則もたいせつだが、その方程式から少し外れたところにあるのが「自在」ではないだろうか。

豚児のアメリカ時代に使っていた丼が割れたので金継ぎし、手火箸となった。で、餅、ホタルイカなども焼くのだ。鉄瓶で熱燗で呑ることもある。

そう、一器三様なのである。コーヒーカップ、独り膳、茶香炉、タートルネックセーター、茶巾などなど別の用途で活用がいろいろあるのだ。

 

元旦の朝六時。
窓を開けたら冷気に襲われたが、熱々の餅を喰いながら斜め立ちの月にレンズを向け初撮りとなった。

 

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一心に剥いた

恒例の某茶室の庭に実る夏ミカン採りは、とりあえず五十コほど。寝かせて酸を抜き初夏に食べるのが普通らしいが、そこまで待てない。果皮はとても厚く薄皮(ジョウノウ膜というらしい)も分厚いので厄介である。

剥く、剥く、剥いた三が日だった。

 

で、今年はジュースにした。薄皮を剥かないでそのままジュースにした方が、酸味は強烈だが一気呑みをすると美味かったな。柑橘系の重量感ある酸味って不思議だった。牛乳で少し割ったら、なんとなく高級感が出た。黒蜜との相性もよかった。

庭には、まだ100コ以上はあり、小正月までは、皮剥きがつづきそうだ。

 

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令和四年正月四日

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