芥川の卒論
中国語に翻訳された拙著の「ウイリアム・モリス」の写真と文に関してオファーがあった。で、問題は先輩との雑談で出てきた芥川の卒論なのだ。なんとその主題は「ウイリアム・モリス」だったのだ。さっそく検索したが、まったくヒットしない。結論は関東大震災で卒業論文は焼失したのだった。
モリスの資料はゴッソリあるので、芥川の興味はどのあたりにあったのか、探れそうな気もするが、ま、僕には無理だろうな。
夏目漱石あたりに関係もしているのは予想されるが・・・・・
若しかして女がらみだろうか。
以下の1200字を700字にリライトするのだが、時間がかかりそうだな。
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デザイナー、工芸家、社会思想家、アール・ヌーボーの先駆者、そして工芸、建築の分野で世界的に影響をあたえたアーツ・アンド・クラフト運動の指導者などさまざま顔をもつウィリアム・モリス(一八三四〜九六)。
ロンドン郊外のウォルサムストウに生まれたモリスはオックスフォード大学に学び、審美的芸術論を展開したジョン・ラスキンの影響を受けて中世の手仕事の世界に憧れていった。
彼が活躍したヴィクトリア時代は、大英帝国が繁栄の絶頂にあったころ。モリスは「世界の工場」たる国策に反発、機械化された大量生産を否定し、チッピング・カムデンを中世の手技をたいせつにした職人の町として復活させた。彼の弟子たちはここに移り住み、コッツウォルズ・スクールという家具工房や鍛冶屋、印刷工場なども作った。
現在のチッピング・カムデンの中央通り、ハイ・ストリート沿いの家並みは、中世のたたづまいを見せており、さながらモリスの一生を描いた映画のセットのようである。
「芸術の主たる源泉は、日々の必要な労働のなかにある人間の喜びであり、この喜びは自らを表現し、その仕事のなかに体現されていることを、私はなお重ねて言う。ほかの何ものも公共の生活環境を美化できないし、そうした環境が美しい時はかならず、それは、人間の労働がそのなかに喜びを持っていることの証しなのである。
……それらが醜くした地球の美に対する侮辱なのだが、我々の町や住居がむさくるしく忌まわしいのは、そして生活のすべての付属品が見劣りし、陳腐で、そして醜くいのは、日々の労働において、こうした喜びが欠けているからである。
……膨大な芸術をその手によって生み出さねばならない労働者たちは、生きるための商業システムによって支配され、最善の場合でさえも、すべての美的感受性と生活の喜びを失うことなしにはその健康を保てない、誰もが住みえないようなごみごみした醜い場所に住まわせられている……このような醜悪さのただなかに生活する人々には、人を認識することはできないし、その結果、それを表現することができない」(一八八五年発表『芸術における労働者の役割』) とモリスは述べているが、この精神と魂は、膨大な量を消費し、環境破壊にあけくれる現代への一〇〇年前に発したメッセージでもあった。
この論文にさきがけモリスはバーン・ジョーンズ──ラファエル前派の画家で神秘主義的傾向が強い画家。ロンドンのテート・ギャラリーに展示されている『黄金の階段』は代表作──らと協力しあい一八六一年に「モリス・マーシャル・フォークナー商会」(一八七四年に単独のモリス商会となる)を設立した。
陶板、壁紙、織物、家具、什器、装幀、ステンド・グラスなどを職人と芸術家の同時の視点で精力的の製作。
陶磁器をはじめ世界の工芸品の宝庫であるヴィクトリア&アルバート美術館に復元展示されている『緑の食堂』は、一八六七年に「モリス商会」が手がけた彼の精髄、魂であった。
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平成三十一年二月二十日