
「 任侠 」を考えた
ここにきて、「唐獅子牡丹」なのである。
「昇り龍」なのである。
さらにさらに、「緋牡丹」なのである。
昭和四十五年十一月二十五日、日本が世界に誇る知性がレンタカーで歴史的大先達として市ヶ谷台に向かった車中で歌ったのが、「唐獅子牡丹」だった。(東京地裁 公判記録より)
歌詞を、よくよく考えた。
1 義理と人情を 秤(はかり)にかけりゃ
義理が重たい 男の世界
幼なじみの 観音様にゃ
俺の心は お見通し
背中(せな)で 吠えてる
唐獅子牡丹(からじしぼたん)
2 親の意見を 承知ですねて
曲がりくねった 六区の風よ
つもり重ねた 不孝のかずを
なんと詫びよか おふくろに
背中で泣いてる 唐獅子牡丹
3 おぼろ月でも 隅田の水に
昔ながらの 濁らぬ光
やがて夜明けの 来るそれまでは
意地でささえる 夢一つ
背中で呼んでる 唐獅子牡丹
平成三十年十一月二十五日